「日本人の生活」とはどのようなものだったのか…「民具」が明らかにする「多くのこと」
『忘れられた日本人』で知られる民俗学者・宮本常一とは何者だったのか。その民俗学の底流にある「思想」とは? 「宮本の民俗学は、私たちの生活が『大きな歴史』に絡みとられようとしている現在、見直されるべき重要な仕事」だという民俗学者の畑中章宏氏による『今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』が6刷とロングセラーとなっている。 【写真】女性の「エロ話」は何を意味しているか? 日本人が知らない真実 ※本記事は畑中章宏『今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』から抜粋・編集したものです。
伝承としての「民具」
宮本は民俗学は無字社会の文化を研究する学問だと考えた。 だがしかし、無字社会と関連が深い有字社会の有字文化を対象のなかに含めることにより、比較研究の方法は複雑になる。 文化が中央から地方へ広がっていくとか、日本を東と西に分けて考えてみるといったことだけではなく、村落構造の類型化による比較、文献による古代への遡源、遺物・遺跡などの比較による研究が必要になってくる。 ここにいう「遺物」や「遺跡」というのは考古学的なものではなく、村の神社や寺院のあり方、神社の森、あるいは山の木のあり方、屋敷・田や畑のあり方・形・大きさなどを含めたもののことである。 そして、そこで使用されている民具などは民衆生活を探っていくうえでさらに重要な鍵になる。 民具を通じて日本の民衆の生活を探り、またそれが周囲の民族とどのようなつながりをもち、あるいは差異をもっているかを知るのにひとつの手がかりになるのだ。
民具の比較研究が明らかにすること
有形文化のうち民具については、柳田国男、折口信夫を発端とする日本の民俗学では関心が高くなかった。そのため民具の見方やその取り扱い方にも決め手がなかった。 しかし、民具の比較研究は民具そのものの意義を明らかにするだけにとどまらず、その背後にある生活を明らかにすることができる。 たとえば、一軒の家が保有する民具の量や種類を比較して、自製品の量が多ければそれだけ自給度が高いことになり、購入品が多ければ一つの地区が他の地区とどれほどのつながりをもっていたかも明らかになる。 また、農民以外の社会階層についても知ることができ、技術的な製作工程の比較によっても技術の伝播や発達を見ていくことができる。 自給を主とした日本の農耕社会では必要なものは自分でつくり出し、自分たちでつくり得ないものだけを購入することにしていた。この自製または半プロによる製品は「民具」の名で呼ばれている。私たちはしかも民具のなかに民俗伝承の姿を見ることができる。 また宮本は、自国の民俗文化の古さを探りあてるだけでなく、異民族のなかにも無字社会は広く存在しており、そこでどのような生活がおこなわれているかを比較しようとする場合、民具は比較すべき資料としては重要なもののひとつになるとした。
畑中 章宏(作家)