なぜ土屋太鳳は“演技派”へと変貌を遂げたのか? 『海に眠るダイヤモンド』で体現する役者としての飛躍とは? 徹底解説
「パワータイプ」から「繊細な演技派」へ進化する土屋太鳳
誰よりも他人の感情の機微に敏感だが、そのことを意識的に隠して自由奔放に振る舞う「フリ」をする。2話後半で百合子への想いを口にした鉄平に対して言った「だから賢将を選んだの。私のことを好きな人となんて、いいかげんな気持ちで付き合えないもの」というセリフからも百合子が「誰かを本気で愛する」ということに最も臆病になっていることが読み取れる。 だとすれば、百合子が本当に好きな相手は鉄平…? また3話で恋人の関係を解消した賢将に対しても、新たな感情が芽生えつつある。いったい百合子の本心はどこにあるのか、回を重ねれば重ねるほど、迷宮のような魅力が増している。その微妙な感情の動きを土屋太鳳は完璧に演じきっていた。 思えば、初期の土屋太鳳はもっと分かりやすい魅力を持つ「パワータイプ」の俳優だという印象を持っていた。NHK連続テレビ小説『まれ』(2015)の津村希や、ドラマ『チア☆ダン』(TBS系、2018)の藤谷わかばなど、裏表がなく太陽のようなパワーで周りを引っ張っていく、元気ハツラツな役が似合うイメージだった。 個人的に最もそれを感じたのは『オールスター感謝祭2016秋』で人気企画「赤坂5丁目ミニマラソン」に出場した際、男性が途中で音を上げるほど過酷なコースを全力で走り切り全体で「8位」という女性では考えられない成績を収めたあと、過呼吸寸前になりながら「えっと…やっぱこのマラソンを作ってくださった方すごいなって思います…きつくて…でも…あの『IQ246~華麗なる事件簿~』(TBS系、2016)…素敵なドラマになってます…本気で見ていただきたいです…はち…はち…あの…本当にあの…途中で本当に死にそうになったんですけど…いや…死ぬかと思ったけど良かったって…」と番宣をした時、そのあまりに全力な姿にこんなにも真っ直ぐな人間が存在するのか、と衝撃を受けた。
感情の狭間を描く俳優・土屋太鳳の進化
これまでの土屋太鳳のイメージが一変したのが、2021年に公開された映画『哀愁しんでれら』だろう。度重なる不幸に見舞われすべてを失った女性・福浦小春が、1人の男性と運命的な出会いを果たし、人生が一変するというシンデレラ・ストーリーだ。 序盤の描かれる絵に描いたような幸せな結婚生活から、中盤のある事件をキッカケに徐々に歯車が狂っていき、最後には社会を震撼させる最悪の事件を起こしてしまう。鑑賞後の後味が悪すぎる胸糞映画の中でも「狂作」として邦画ファンの中でもいまだに語り草となっている作品だ。 過去のインタビューにて土屋太鳳は当初『哀愁しんでれら』のオファーを「小春が起こしてしまう事件が、どうしても受け入れられなかった」という理由で3回断っていたそう。その後、4回目のオファーで台本を読み「(主人公が)泣いている(ように感じた)というか。誰かわたしを見つけて、誰か自分の感情を伝えてほしいと言っているような、迷子のような、泣いているような感覚があって」と、オファーを引き受けた際にコメントしている。 このエピソードからも土屋太鳳がどれほど真面目な性格なのかが伝わってくる。そして「小春のような事件を絶対に起こさない」強さを持つ土屋太鳳だからこそ、逆説的に小春という役にとてつもないギャップが生まれ、とんでもない魅力となっていた。 そんな難役を経たからこそ、現在の土屋太鳳は単純な「喜怒哀楽」の感情だけではない、その間に無限に存在する繊細な感情を表現できる、素晴らしい役者になっていたのだ。間違いなく土屋太鳳は俳優として新たなフェーズを迎えている。これからますます目を離せない存在になるであろう土屋太鳳のこれから、そして百合子のこれからをいつまでも見守りたい。 【著者プロフィール:かんそう】 2014年から、はてなブログにてカルチャーブログ「kansou」を運営。記事数は1000超、累計5000万アクセス。読者登録数は全はてなブログ内で6位の多さを誇る。クイック・ジャパン ウェブ、リアルサウンド テックなどの媒体でライター活動を行うほか、TBSラジオで初の冠番組『かんそうの感想フリースタイル』のパーソナリティも務め、2024年5月に初書籍『書けないんじゃない、考えてないだけ。』を出版した。
かんそう