欧米偏重、男性優位のノーベル賞を韓国人女性作家ハン・ガンが受賞した意義─伝え続けた「歴史の痛み」
韓国人作家ハン・ガンがノーベル文学賞を受賞したニュースは、「アジア人女性としても韓国人としても初」ということもあり、国内外で驚きをもって受け止められた。彼女の作品がいま高く評価されているのは、戦争や暴力、分断といった歴史の負の部分に目を背けず、その痛みを描き続けてきたからだという。 【画像】欧米偏重、男性優位のノーベル賞を韓国人女性作家ハン・ガンが受賞した意義─伝え続けた「歴史の痛み」 2024年のノーベル文学賞が、韓国の作家ハン・ガン（韓江）に決まった。アジア人女性では初の受賞で、韓国人としても初めてとなる快挙だ。 今回の受賞決定を、1960年代に韓国が経済的な急成長を遂げた「漢江（ハンガン）の奇跡」と重ねる人もいる。 ハン・ガンと、ソウルなどを流れる大河の漢江（ハンガン）が同じ発音であることにかけた言い回しだとしても、2000年に平和賞を受賞した金大中（キム・デジュン）元大統領以来のノーベル賞に、韓国全土が喜びにわき上がっているのは間違いない。 ハンがノーベル文学賞を受賞したとの一報を聞いたとき、予想外のことで驚いたが、頭をよぎったのは「なぜ？」よりも「もう？」という言葉だった。
欧米偏重、男性優位だったノーベル賞
ハンの名を世界に広めたのが、2016年に英ブッカー国際賞を受賞した『菜食主義者』（河出文庫）だ。ある日を境に肉食を拒み、摂食障害となった妻の話を通して、家父長制社会のなかに生きる女性の抵抗を暗示的に示した。 その作風は静かながら強烈なインパクトがあり、ブッカー賞を受賞した後は「いつかノーベル文学賞を取るだろう」という声をあちこちで聞いた。しかし、その「いつか」が今回だと予想した人は、ほとんどいなかったはずだ。 1901年にノーベル文学賞が始まって以来、受賞者の大半は欧州か英語圏の作家や詩人が占めてきた。また、女性はハンを含めてもわずか18人で、欧米偏重、男性優位の傾向が以前から問題視されていた。 2017年には、ノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミーの関係者に性的暴行疑惑が発覚し、2018年の発表を見送り、翌年に2年分をまとめて発表する異例の事態となった。ノーベル文学賞が信頼回復の途上にあるなか、今回ハンが受賞した。 韓国が自国民のノーベル賞受賞に沸くのは充分理解できるが、最も注目すべきことは、ハンが歴史や個人の背負う傷や痛みを描き続けてきたことにある。戦争や暴力、分断など、人間の抱える苦悩が深まるなかで、受賞の意味は大きいと言えるだろう。 スウェーデン・アカデミーはハンの授賞理由として、「歴史的トラウマに立ち向かい、人間の命のはかなさをあらわにした強烈な詩的散文」を挙げている。静かな文体ながら、人間という存在の謎と、記憶のなかに横たわる深い悲しみを、力を込めて刻んでいく。そこには、さまざまな悲劇を「過去のこと」と忘却することへの、強い抵抗がにじんでいる。 『菜食主義者』のほか、ハンは多くの人たちが犠牲となった韓国現代史の事件についても、作品を通して向き合っている。
