ヨルゴス・ランティモスとの化学反応が炸裂!『哀れなるものたち』エマ・ストーンが見せる個性派俳優としての存在感
“次はどんな世界へ連れて行ってくれるのか!?”と、その作品選びにワクワクさせてくれる、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのエマ・ストーン。いまや“時代を牽引するパワフル・ウーマン”と呼ぶに相応しい彼女の、主演最新作が『哀れなるものたち』(公開中)だ。まさに天晴れ!こんなトンでもない役(いい意味で)、ほかの誰が演じ得ただろう。グロテスクなのに美しい鬼才、ヨルゴス・ランティモスが作りだす寓話的な世界観のなか、両者による2度目のタッグとなる本作は、ストーンの魅力と大胆さ、嬉々とした怪演がさらに炸裂した痛快な傑作だ。 【写真を見る】自身を取り巻く束縛を振りほどき、思うがままに自由に生きようとするエマ・ストーン演じるベラ ■『ラ・ラ・ランド』のブレイクを経て、社会派&アート系の作品で存在感を発揮 振り返るとストーンの快進撃や“幸運の女神”的存在感は、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)あたりからすでに認められるが、やはりアカデミー賞主演女優賞を受賞し名実共に大ブレイクした『ラ・ラ・ランド』(16)で、さらに一段ギアが上がった印象がある。ライアン・ゴズリングとの名コンビ(『ラブ・アゲイン』でもロマコメファンを狂喜させた)で、映画ファンをウットリさせ、『ラ・ラ・ランド』は一世を風靡した。 しかしストーンが次に選んだのは、ガラリと趣向を変えた『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(17)だった。彼女が演じたのは、70年代に行われた世紀のテニスマッチ、“バトル・オブ・ザ・セクシーズ(性差を超えたバトル)”に出場した、実在のテニス女王ビリー・ジーン・キング。男女格差が激しいテニス界に“No!”を突きつけ、女子テニス協会を立ち上げたビリー・ジーンを、言われなければ気づかない化け方で熱演した。『ラブ・アゲイン』では父娘として共演した、スティーブ・カレル扮する元男子チャンピオン、ボビー・リッグスとの一騎打ち試合や場外“口”乱闘に目が釘付け! ノッてるストーンは『女王陛下のお気に入り』(18)でランティモスに巡り逢う。18世紀初頭イギリス、召使として宮廷に入りながらドロドロの愛憎劇を繰り広げて女王の寵愛を勝ち取っていく女性を演じ、観る者をも大胆に裏切って胸を掻きむしらせた。健気でかわいいと思いきや、女王を手練手管で転がしながら宮廷内を上り詰める計算高さと無邪気な冷酷さ、そして迎えるあのラストでヒイッと悲鳴を漏らさせたストーンは、第91回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。ちなみに女王役オリヴィア・コールマンは主演女優賞を獲得。作品も第75回ヴェネチア国際映画祭の銀獅子賞(審査員大賞)を受賞している。 ■『クルエラ』などでプロデューサーとしても活躍 もはや怖いものナシのストーンが、まさに“降臨するかのごとく”次にスクリーンに登場したのは、製作総指揮にも名を連ねるディズニー映画『クルエラ』(21)だった。かの『101匹わんちゃん』(61)に登場する稀代のヴィランを、毒々しくも華やかに演じて世界をアッと驚かせた。白黒のツートンカラーヘアで生まれた内気な少女が、いかに史上最悪のヴィランに転生していくかが、度肝を抜くパンキッシュな衣装や世界観で絢爛に綴られる。 もはや作品の大小やジャンル、自身のイメージにも縛られず、自由に生き生きと作品を世に放つストーンは、製作者としての存在感も強めている。現在公開中の『僕らの世界が交わるまで』(22)は、『ゾンビランド』(09)で共演した(なんと続編『ゾンビランド:ダブルタップ』まで作られちゃった!)ジェシー・アイゼンバーグの初監督作だが、ストーンが製作として盟友の背中を押した佳作だ。 ■死から蘇った女性が“赤ん坊”のような純粋さですべてを吸収していく さて、ランティモス監督と再びコラボレートした『哀れなるものたち』は、第80回ヴェネチア国際映画祭でついに最高賞の金獅子賞を受賞し、再び世界の賞レースを席巻し始めた(第81回ゴールデン・グローブ賞のミュージカル・コメディ部門で作品賞と主演女優賞を受賞)。主演のみならずプロデューサーにも名を連ねるストーンが演じるのは、失意の底で命を絶つものの、マッド・サイエンティスト(ウィレム・デフォー)の手により彼の亡き赤子の脳を移植され、奇跡的に蘇生した女性ベラ。見た目はうら若き女性だが、精神も知能も“赤ん坊”という奇天烈さだ。ベラは新生児の眼差しで世界を見つめ、いろいろなことを貪欲に吸収しながら成長してゆく。好奇心のままに行動しながら、やがて“自分の目で世界を見たい”と、放蕩者の弁護士(マーク・ラファロ)の誘いに乗って大陸横断の旅に出る―。 ■突き付けられるブラックユーモアがとにかく痛快! 前作以上に2人は、より挑戦的に、より大胆に、より自信を持って共犯関係を結び、世の矛盾や不条理に問いかける。“なにがいけないの?どっちが間違っているの!?”と。特に、世間の常識やいらぬ忖度を教え込まれる前に、性的なことも含めて精神的にも肉体的にも自発的に、自分の欲求や欲望や好奇心に素直に忠実に“試し、行動する”ベラが、世間体や名誉欲や権力の下僕たる多くの男たちに与えるパンチ級の衝撃が見もの。時代設定や世界観は遠いのに、独特のブラックユーモアが現代世界の世相や問題を、根底から鋭く突き刺す。 寓話的な世界観を設えたうえで禁忌に踏み込み人間の正体を晒すランティモスと、そこで生まれるグロテスクさや深刻さを、ユニークかつユーモラスな表現&演技力と存在感で瞬間的にフッと軽やかに浮上させるストーン。その卓越したブラックユーモアはますます磨かれ、2人の共犯関係はさらに強固なものに。詳細は伏せられているが、すでに2人は次回作『Kinds of Kindness』も撮影済みとのこと。 『バードマン』、『バトル・オブ~』、『女王陛下~』、『哀れなるものたち』、そして次なる『Kinds ~』と、気鋭のインディ&アート映画を手掛けるサーチライト・ピクチャーズの、いまや重要な担い手の一人にもなったストーン。映画界の輝ける希望として、観客をいい意味でまだまだ何度も欺いてくれるに違いない。 文/折田千鶴子