「スナックは飲食店でなく劇場」…一橋大学卒の女性が有名ママ引退のスナックを引き継いだ「深いワケ」
「初めて顔を合わせたお客さん同士が、仲を深める場が必要」
東京都国立市にある「スナック水中」はユニークだ。ママは「お店は飲食店でなく劇場と思っている」と話す。スナックという夜の社交場が“劇場”そのもので、性別や年代がばらばらの来店客が、いわば“主役”で、日々いろいろなドラマがあり、「面白みを感じていただいている」という。 【画像】スナックで起業!「将来は100店舗を目指している」という”一橋大卒ママ”の素顔写真…! このママもユニークだ。’98年に石川県に生まれ、東京で育った坂根千里さんは一橋大学社会学部を卒業。都市政策を学んでいた学生時代の’19年から「すなっくせつこ」でアルバイトをしていたところ、引退を考えていた先代のママから「お店を引き継がないか」と誘われ、事業承継し、’22年4月に「スナック水中」をオープンさせた。 一流大学卒で「水商売」の世界へ飛び込むことに、「両親から渋い顔をされて、説得しました」と坂根さんは振り返る。 「そもそも王道というか、一流企業へいくことに魅力を感じませんでした。自分はいつか起業したいと独立開業の気持ちがありました」(坂根千里さん・以下「」内の発言はすべて坂根さん) 坂根さんがスナックでアルバイトをしていたときに、「初めて顔を合わせたお客さん同士が仲を深める場が必要と感じ、自分の仕事としたい」と考えたのだという。 スナックという社交場のコミュニケーションに初めて触れて、坂根さんは新鮮に感じた。さまざまなバックグラウンドの来店客たちがスナックの混沌とした「カオス」のなかで知り合うことができる。普段の生活では、街中ですれ違ってしまうだけの人たちだ。坂根さんが誘いお店で働いてくれる後輩たちも、同じように新鮮さを感じてくれたという。 事業承継したお店を「水中」と名付けたのは、表の道路から少し階段を下りた半地下にお店があるから。坂根さんは、スナックを「再生産の場」と考えている。来店客は日中の生活の時間に対し、現実と隔絶されたスナックという社交場でのびのびと時間を過ごして、また現実に戻っていくことができる。 ◆売り上げは1.6倍に! スナック水中を開店して2年が経つ。来店客数は延べ1万2000人くらいになった。客単価は4000円台半ば。売上高は’23年に約2600万円と、承継前の’21年と比べて約1.6倍になった。 以前のお店では、働き盛りの男性が先輩に連れられて来店するパターンが多く、女性客は月に何人かいる程度だったが、新しいお店では、来店客の女性比率は2割くらいになり、全体の客層の中で20~30代の若者の客が25%くらいを占めるようになったという。 お店のスタッフはママを含め18人くらいで、シフトを組んで回している。そのうち店舗スタッフ14人、残る4人はPR戦略などを担当する裏方スタッフ。スタッフは飲食業の経験者というよりも、日中は普通に仕事をしている人や学生のアルバイトだ。 坂根さんは「スナックを健やかな社交場として、イメージを刷新していく」と意気込んでいる。ママがひとりでお店の問題を抱え込むのではなく、会社が組織としてママを支えていく姿を描いている。 ◆いまのスナックのママたちは70代くらいが多い 水中がターゲットにしている客層は若手で、仕事をしている人。 「日本人は恥ずかしがり屋で、お酒があると話しやすくなる」 だから、社交場としてのスナックの存在意義があると坂根さん。一般的なスナックでは、ひとり飲み女性は、男性に比べて圧倒的に少ないが、このお店では女性のリピーターが増えており、年齢層は40代が一番多いという。 女性客が増えているのは、3つの配慮があるから。スナックは扉を開かないと、店内がわからないが、水中の扉はガラス張りで、外から店内を見ることができる。女性が飲みやすい軽アルコールやノンアルの飲料をそろえている。女性客にはスタッフが近くにいる席を優先的に案内して、女性客が居心地よく過ごせているか配慮をしている。 「将来は100店舗を目指している」 と話す坂根さんには考えている事業戦略がある。直営店舗を増やし、5年後には10店舗くらいにしたいという。 「すでにあるスナックで、廃業するところなどを居ぬきで承継することも考えている」 と話す。そして、お店のママとなる人は、1店舗につき週3日くらいのシフトの2交代制で採用を考えている。たとえば、子育てに一段落した女性が仕事を探していれば、子育て経験を生かして働いてもらいたいという。女性が誇りを持てる仕事として、会社が組織でサポートしていくとも。 ◆全盛期から半減した「スナック」 いまのスナックのママたちは70代くらいが多く、これから「廃業ラッシュ」になると坂根さん。スナック研究会代表の谷口功一・東京都立大学法学部教授によると、スナックは日本独特のもので、’64年の東京五輪のころに出てきたという。当初はジュークボックスがあって踊ったりできるお店もあったが、’77年ころにカラオケが出てきた。 谷口さんによれば、スナックに定義はなく、看板に「スナック」と掲げれば、そこがスナックになるという。スナックがどれぐらいあるのか、統計はない。タウンページを調べると、当初は10万軒くらいあり、コロナ前で約7万軒、’21年で5万軒くらいになったとも。 スナックの料金は中央値で、セットで3000円くらい、ボトルを入れると5000~6000円程度が相場という。銀座などの都心はこれより高くなるとも。そして、売り上げの8割くらいが常連客とみている。 「昔のスナックの客は社用族が会社の経費で利用するなど、中年男性のサラリーマンがほとんどでした。若い人が利用するようになったのは最近の現象です」(谷口功一さん・以下同) 谷口さんによると、若い人たちはコロナ禍で生活に制限が出てきて、大勢での飲み会などができなくなっていた。コロナ明けでコミュニケーションの場を求めるようになり、スナックもその選択肢になっているのではないかという。 「スナックは個人営業で、ママの人柄に人が集まります。そもそも目的なく来店し、むだ話をしてくるところ。ママがいて、知らないお客さん同士がコミュニケーションをする場で、それが新鮮で魅力を感じられるのではないでしょうか」 谷口さんがこう解説するスナックにも、課題が出てきている。 一つはママの高齢化だ。’80年代に30代くらいでお店を始めたママたちはいま、70代くらいになっている。コロナ禍に廃業していったお店もあるという。もう一つが最近の人手不足。夜間営業の飲食店はコロナ禍にひどい目にあい、そこで仕事をしていた人たちは昼の仕事に就いていった。 ◆「週末に1日だけ、ママを楽しみたい」…起業や街づくりに興味を示す若者たち 一方、最近は坂根さんのように、若い女性がスナックを始めるケースが出てきている。スナックに免許は不要であり、それぞれママ独自の考え方や個性に共感して人が集まってくることも多く、谷口さんは「いわば起業と同じ」と指摘する。スナックは水商売という昔のイメージから、最近は健全な社交場に変わってきているとも。 若い人や女性客が増えてきているのも、スナックという社交場の運営を「起業」ととらえる女性たちには追い風になる。「わりと堅い会社で働く女性で『週末に1日だけ、ママを楽しみたい』という人もいる」と谷口さんは話す。 東京大学法学部卒の谷口さんは、優秀な学生たちの就業先の変遷について、こうみている。昔は官僚や一流企業へ就職していったが、その後は外資系企業などが人気となり、いまの最優秀層は起業か街づくりなどを目指しており、そういう人たちに「スナックは相性がいい」という。 ◆全面バリアフリー・介護送迎サービス付きの「介護スナック」も登場! 一方、昔からのスナック利用客も高齢になってきている。高齢の独居男性が昼間にカラオケをするような場所が、コロナでなくなった。そうした人たちが気軽に利用できる社交場があるといい。谷口さんによると、「介護スナック」も出てきているという。 神奈川県横須賀市には介護送迎サービス付きスナックの「竜宮城」がある。そのホームページによると、介護車両による送迎サービスや、スタッフによる酒量コントロールサービスなどがあり、全面バリアフリーの店内という。 若い人のスナック利用も、余裕のある大人が誘えばもっと増えるかもしれない。 「若い人がお酒を飲まなくなったのはお金がないからで、お酒を飲むのは好きです。大人が連れていってあげないと」 と谷口さんは話す。 人付き合いが希薄になっているという現代社会で、スナックが老若男女の健全な社交場となり、そのスナックを起業する女性たちが増える好循環が生まれるといい。 取材・文:浅井秀樹
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