imaseが明かす、Jユースに通うサッカー少年が、SNS全世界累計100億回再生を果たすまで
2024年5月に1st Alubm『凡才』をリリースするアーティストのimase。これまでにCMタイアップソングやドラマ・映画の主題歌となった楽曲も多く、4月にはマクドナルドとタイアップした『Happy Order? 』を発表。若い世代を中心に話題となっています。 【画像】活動開始から1年でメジャーデビュー…大ブレイク中の23歳・imaseの写真を全部見る(全9枚) そんなimaseが音楽を始めたのは20歳の頃。メジャーデビュー後も実家のある岐阜県で過ごしていましたが、昨年春に上京しました。これまでの人生と、音楽との出会いについて振り返ります。
岐阜の実家は最寄りのコンビニまで車で5分かかる場所
――昨年春に上京するまでは岐阜にある実家に住んでいたそうですね。 imase そうです。かなり山奥なんですが、最寄りのコンビニまで車で約5分、カラオケまでは約30分かかる場所に住んでいました。でも上京するまで、その距離を「遠い」と感じたことはなかったんですよ。中学生まではカラオケへ行ったこともなくて、高校へ進学してから学校帰りに寄るようになりました。米津玄師さんやRADWIMPSさんの曲をよく歌っていましたね。 実家の蔵を友達と遊ぶ場所としてよく使っていました。僕はお酒が飲めないけど友達が飲むので1階にバーカウンターとダーツ、2階に麻雀卓を置いていました。楽器を持ちよって、バンドっぽい遊びをしたこともあるんですよ。上京後も蔵はそのままにしているので、友達が時々遊びに来ているみたいです。 ――上京する時に実家に置いてきた物はなんですか? imase 引っ越しする時は、友達と車に荷物を詰め込んで一緒に運転しながら来たんです。だからあまり荷物が積めなくて、機材と服を少しだけ持ってきて、家具なんかは実家にほとんど置いてきました。
サッカー選手を目指してJリーグの下部組織に
――imaseさんの幼い頃の将来の夢は何でしたか? imase サッカー選手です。小学5年生から高校までサッカーをしていて、中学3年生まではJリーグ下部組織のクラブに所属していたくらい本気で目指していたんです。リオネル・メッシさんに憧れていました。 ただ、当時は身長が150センチくらいと低く、体格差に挫折したんです。そこから家業を継ごうと決めて、地元の高校へ進学しました。 ――高校卒業後はご実家の会社へ就職したんですか? imase そうです。家業のお手伝いで、見積書を作ったりしていました(笑)。 音楽を始めたのは20歳から。高校時代の友達がアコースティックギターを買ったのに憧れて、自分も買ったんです。YouTubeなどの動画を見ながら練習して、だいたい3カ月くらいで少し弾き語りができるようになりました。 ――周りに音楽を嗜んでいた方はいたんですか? imase 父は少しギターが弾けますね。あと、姉が昔ピアノの先生をしていました。 実家の事務所にはピアノがあって、幼い頃は遊びで弾いたりしていましたけど、きちんと習ったことはなかったんです。今は、制作に使うくらいにはピアノが弾けるようになりましたけど、「ちゃんと習っておけばよかったな~」と思います。そうしたら、もっと違う曲を作曲していたでしょうね。