ロシア人が見た北朝鮮観光 あふれるプロパガンダ「撮っていいのはきれいなものだけ」
今年2月、北朝鮮は外国人観光客を約4年ぶりに受け入れた。ロシア・サンクトペテルブルクに住むイリヤ・ボスクレセンスキー氏はツアー客約100人の一人として参加した。1時間余りの彼の動画を見れば、「隠者の王国」と呼ばれる閉鎖国家の最新の一端を知ることができる。(牧野愛博=朝日新聞外交専門記者) 【動画】北朝鮮を観光したボスクレセンスキー氏の体験をまとめた動画
持ち込む荷物には細心の注意
ボスクレセンスキー氏らは極東ウラジオストクの空港で北朝鮮国営の高麗航空に搭乗し、平壌に向かった。動画の冒頭から約10分後の映像には、ウラジオストク空港で自分の荷物をより分け、パッキングし直す姿が出てくる。「北朝鮮は持ち込む荷物のリストを要求する。望遠レンズなどは許可されない」という。 入国前から気を引き締めないと、北朝鮮では身の破滅を招くことがある。 韓国系米国人のケネス・ベー氏は2012年11月、北朝鮮に入国する際、北朝鮮人権問題を扱った西側のドキュメンタリー番組のビデオを誤って持参。北朝鮮当局に拘束され、国家転覆陰謀在で15年の労働教化刑を宣告された。ボスクレセンスキー氏は解説する。「北朝鮮では2015年以降、外国音楽に対する規制が厳格化された。韓国のコンテンツは所持しただけで懲役刑だ」
汚れた作業服を着た人は撮影禁止
映像が19分を過ぎたころ、移動するバスの中で、北朝鮮のガイドが注意事項を説明する声が流れる。 「軍の検問所は撮影禁止です。軍人や汚れた作業服を着た人も撮影禁止」「ホテルを出て散策したい場合は、ガイドと一緒の場合だけに限られます」「肖像画が描かれた新聞や雑誌は傷つけないように気をつけてください」 2000年代初め、北朝鮮東部の新浦(シンポ)で軽水炉建設作業に従事していた中央アジアの従業員が金正日総書記の顔写真が写った労働新聞をゴミ箱に捨てた。北朝鮮の掃除係が見つけて大騒ぎになった。1990年代には訪朝した欧州の外交官が、靴が型崩れしないよう、やはり肖像写真入りの労働新聞を靴に詰め込んで、騒動を起こした。 ガイドは強調する。「ゴミ箱に捨てるのは、絶対だめです」。北朝鮮では労働新聞は読後、当局が回収する。指導者の顔写真がよく掲載される1面を破ったり、汚したりするのはご法度だ。 バスは午後5時の平壌を走るが、ほとんど車の姿が見えない。ガイドは「我が国には自家用車は存在しない」と説明する。北朝鮮では車の運転手は一定のエリートだという扱いを受ける。一般市民の姿もほとんどなかった。たまたま小さな子供を散歩させていた年配の女性を見つけた観光団の一人がチョコレートをあげようとすると、女性たちは走って逃げたという。 ボスクレセンスキー氏は「美しい街並みを見せている。人工的で非現実的。一種の演出だ」と語るが、この指摘は正しい。平壌では大通り沿いで、洗濯物を干すことを禁じられている。 23分ごろの映像では、観光団は、金日成主席と金正日総書記の銅像が立つ万寿台の丘を訪れる。ガイドは「トラブルを起こしたくないので、私たちの親愛なる指導者を軽く扱わないでください」と頼み、銅像と一緒に写真を撮る際はきちんとまっすぐ立つよう指示した。ボスクレセンスキー氏らはお辞儀と献花を要求されたという。 31分ごろの映像は、金日成広場の前に来ると、自転車を降りて歩く人々の姿を紹介している。広場の端に人が経ち、自転車に乗って近づいてくる人々に何事か注意を与えている。ボスクレセンスキー氏は「これも指導者に対する賛辞の表れの一つだろう」と推測する。 彼らは宿舎の羊角島ホテルにチェックインした。ペットボトルの水は1本20セント(約30円)、レストランの支払いもドル、引き裂かれた自由の女神の絵を描いた絵はがきの支払いもドルだったという。