相続ルール変更により迫り来る「大増税」と「期限3年」の猶予、逃げられない「罰則」まで詳しく解説
高齢化社会といわれる日本で今後大量に発生するのが相続だ。相続発生件数は年間の死亡者数とイコールだが、’22年で158万2033人。この数は前年に比べ12万9744人、8.9%もの増加となっている。今後は年間160万人を超える死亡者数、つまり相続が発生していく。相続は税の有無に関わらず、どの家庭でも起こる喫緊の課題となるのだ。 【罰則も……!?】違反すれば過料10万円以下が科せられる、相続登記義務化のイメージ 今年はこの増加を続ける相続に関しての2つの大きなルール変更がある。ひとつが「マンション節税に対して一定の封じ込めがなされた」こと、そしてもうひとつが「相続した不動産に関して登記を義務付けされる」ことだ。この2つの改正について詳しく見ていこう。 ◆昨今の不動産価格高騰により、相続評価額との大きな乖離が はじめにマンションに対する相続評価のルール変更について。マンションは戸建て住宅と比べて土地が高度利用されているため、戸当たりの所有面積は小さい。通常、相続の際、土地は路線価、建物は固定資産税評価額をベースにする。その際の路線価は、おおむね公示価格の8割相当とされる。固定資産税評価額が7割相当なので、昨今のように不動産価格が急上昇しているような場合、相続評価額と時価との乖離(かいり)は大きくなる。 特にタワマンなどの超高層マンションは上層部にいくほど時価が高くなり、戸当たりの時価と税務上の評価額の乖離はさらに拡大する。 これでは税の公平性が保てないということで、国税庁では’24年1月1日以降発生する相続にあたっては、マンション評価の在り方に改正を加えたのだ。この改正はタワマンのみならず、マンション全体に対しての改正であることにも注意を要する。 ◆改正により12万円の相続税が508万円、なんと42倍の大増税にも!? 改正の概要は国税庁のホームページに、東京、福岡、広島でのマンションの実例をもとに解説されている。 東京都内にある43階建てタワマンの実例。23階67.17㎡の住戸の実勢価格(時価)は1億1900万円。ところが従来の方法で相続税評価額を算出すると価額は3720万円。なんと実勢価格は、評価額の3.2倍にもなっている。 相続人が子1名とすると、基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人数)3600万円を引くと課税価格は120万円。マンションだけが相続財産だとすれば、税金はわずか12万円(税率10%)となる。 同ページによればマンションでの乖離率の平均は2.34倍とされている。つまり時価1億円のマンションであれば評価額は4273万円(1億円÷2.34)になる。タワマンに限らず、マンションは現金で持つよりもはるかに税負担の少ない、いわば節税商品のような役割をもってきたことがわかる。 そこで今回予定されている改正では、実勢価格との乖離率が1.67倍以上になる場合においては、「相続税評価額×乖離率×0.6」で評価することになった。「相続税評価額×乖離率」でいったん実勢価格に調整し直してから、0.6掛けする根拠はなんだろうか。 これには一応の理屈がある。戸建てにおける平均乖離率は1.66倍であるからだ。戸建てと同じ水準の乖離率以下ならオーケー。それ以上の場合はいったん時価に戻してから、戸建てと同様の調整を掛ける、つまり1÷1.66=0.6だから、これによって戸建ての場合との格差を是正しようとしたのである。 さきほど掲げた東京都内のタワマンを例にとると、乖離率は3.2倍であるから 3720万円×3.2×0.6=7142万円 課税評価額:7142万円-3600万円(基礎控除)=3542万円 相続税:3542万円×20%-200万円=508万円 なんと496万円、42倍もの大増税ということになる。 これまでタワマンを購入して相続対策にしていた人たちにとってはまさに計算外の増税。相続税対策のやり直しを迫られる世帯が急増するだろう。 ◆手間と費用負担も発生する相続登記が義務化される 相続不動産に関するもうひとつの大きな改正が、相続などで譲り受けた不動産について登記することが義務化されることだ。 登記とは、法律上では第三者対抗要件にすぎない。つまり、当該不動産の権利を主張する者が現れた場合、その者に対して、自分が所有をしていることを示して対抗することができるというものだ。 ただし、登記はこれまで義務ではなかったので、必ずしも行われてこなかったのが実態だ。大都市圏にあって不動産価値が高いものであれば、自分の権利を主張、対抗できるようにしておくことにはメリットを感じやすいのだが、たとえば親から先祖代々のものだからといって引き継ぐ地方の山林、あまり買い手がいそうにない不動産などは敢えて登記をしておこうという動機付けがそもそもなかった。 さらに登記が進まない理由としては、登記した際に登録免許税が課されることにある。税率は固定資産税評価額の0.4%。地方の土地でも面積が大きければ意外と金額は膨らむ。登記にあたっては手続きも複雑で、戸籍謄本や登記事項証明、住民票などの必要書類を揃えなければならず、少なからず費用もかかる。そうした費用をかけてまで、自分の所有を表明する必要を感じない不動産については、登記が行われずにきたのである。 ◆改正以前に相続した不動産についても対象に、違反者には罰則も こうした実情を踏まえ国は、不動産相続に際しての登記の義務化に踏み切った。’21年4月に不動産登記法が改正され、相続が発生した際には相続した土地建物について登記を行うことが義務となった。具体的には「相続開始および所有権を取得したと知った日から3年以内に登記する」こととされ、遺産分割協議が3年以上の長期に及んだ場合でも「遺産分割が決定されてから3年以内に登記する」とされ、’24年4月1日以降の相続から適用される。 これに違反すると罰則が適用され10万円以下の過料が科せられる。また登記後の氏名や住所の変更についても手続きが義務化され、従わなかった場合には5万円以下の過料となる。 今回の改正は’24年4月以前に相続した不動産についても、相続登記が義務化される。つまり、’24年4月以降になると、以前に相続した土地や建物についても3年以内に相続登記を済まさなければならなくなった。 かつて親から譲り受けていた実家や山林などの不動産についても登記をしていないと、法律違反に問われるというのだからこれは穏やかではない。特に地方では、親子同士で、資産が自然に継承されてきた結果、いちいち登記を行っていない不動産が多数存在する。土地の所有者を明確にしていくためには絶対に必要な改正なのであるが、社会的な負担は膨大だ。 ◆一部規制緩和もあったが、改正による負担増は免れない ただ、若干の規制緩和もあった。これまでは相続登記の際は、当該不動産を相続するすべての相続人の同意が必要だった。兄弟で相続していて、兄弟のうちの誰かがすでに亡くなっているようなケースもあるだろう。その場合は亡くなった人の相続人に権利は移っているはずだ。いまとなっては、なかなか連絡がつかないというケースも多い。 そこで今回の改正では、自らが進んで単独で自分の持ち分についてのみ登記できるようにして、登記しやすい環境づくりに配慮することになった。 しかし、’24年4月以降のこの改正は、すでに相続を受けた人たちにも対象を広げ、登記を義務化することを狙っており、3年という期限も含めてかなり乱暴な措置ともいえる。 特に相続した不動産で代々ちゃんと登記が行われてきていないものだと、登記をする際に過去の所有者の戸籍などをずっと追いかけなければならない。国では一定の条件下であれば、期限内にできなくとも延長するなどの措置を施してはいるが、人によっては全く悪夢のような作業を要求される改正が4月から始まる。 自分が相続させようと思っている不動産、あるいは自分が相続できるはずの不動産について、一度登記簿謄本に目を通しておいたほうがよさそうだ。 【PROFILE】牧野知弘(まきの・ともひろ) 東京大学経済学部卒業後、第一勧業銀行(現 みずほ銀行)、ボストンコンサルティンググループ、三井不動産を経て2005年にパシフィックマネジメントへ入社。同年、パシフィック・コマーシャル・インベストメント代表取締役社長に就任し、日本コマーシャル投資法人執行役員を歴任した後、2009年に株式会社オフィス・牧野を設立し、代表取締役に就任。現在は2015年に設立したオラガ総研株式会社の代表取締役も務め、不動産事業の企画立案から事業実施、運営管理に至るまでをトータルプロデュースしている。主な著書に『負動産地獄 その相続は重荷です』(文藝春秋)、『2030年の東京』(祥伝社、河合雅司さんとの共著)、『不動産の未来 マイホーム大転換時代に備えよ』(朝日新聞出版)などがある。 文:牧野 知弘
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