不動産業界の闇「物件の囲い込み」規制強化は機能するか
不動産業界で横行する物件情報の「囲い込み」について、国土交通省は2025年から宅地建物取引業法の処分対象とする。囲い込みは、売り主の依頼を受けた不動産業者が情報を公開せず、売り主・買い主双方から手数料を取ろうとする行為。売り主よりも自社の利益を優先する業界の「あしき慣習」として続いてきた。国の規制強化は不動産取引の正常化につながるだろうか。【毎日新聞経済プレミア・渡辺精一】 ◇不動産情報ネットワークに虚偽情報 土地・建物など不動産の売買を行う場合、売り主や買い主は不動産業者(宅地建物取引業者)に仲介してもらうのが一般的だ。取引のトラブルを避け、相手との交渉や手続き、書類作成などの手間を任せることができるためだ。 売り主から売却を任された不動産業者は、公的な不動産情報ネットワークである「レインズ」に5~7日以内に物件情報を登録することが、宅建業法で義務付けられている。 また、物件の取引状況は、公開中▽書面による購入申し込みあり▽売り主の都合で一時紹介停止中――のなかから、ひとつを選んで示さなければならないルールがある。 囲い込みの手口としては、購入申し込みがないのに「申し込みあり」と偽った情報を示すケースが多いとされる。購入を希望する顧客を持つ他業者の活動を妨げ、物件情報を独占する狙いだ。 ◇売り主の不利益に 囲い込みが横行する背景には、不動産業者が得る仲介手数料の上限規制がある。手数料は取引が成立した時の成功報酬で「売買価格の3%プラス6万円」を上限とすることが、法律の告示で定められている。 売り主から依頼を受けた不動産業者は、他業者を締め出し、自分で買い主を見つけて取引を成立させれば、一つの物件の売買で、売り主だけでなく買い主からも手数料を得ることができ、手数料が倍になる。 これを不動産業界では「両手取引」と呼ぶ。売り主や買い主の一方のみの取引は「片手取引」で、その両方を扱うという意味だ。 囲い込みは、売り主の不利益となる。まず、物件情報が広がらないため、取引成立までの売却期間が長引く。また、業者が自社の顧客を優先するため。売却価格が低くなりやすい。 例えば、売り主の売却希望価格が1億円の場合、実際には他業者の顧客に1億円で購入したい人がいても、自社の顧客のなかには9500万円なら買うという人しかいなければ、そのマッチングのほうが優先されてしまう。 より広い視点でみれば、囲い込みは、公正な取引を阻害し、市場をゆがめることで、不動産業界の成長を抑制することになる。 囲い込みは、不動産業界で長らく問題視されてきたが、業者にとっては「手数料が倍」になる魅力は大きく、業者の利益や担当者の成績を優先した「あしき慣行」として続いてきた。 国交省は、取引の透明性を高めるため、こうした慣行の規制強化に乗り出す。宅建業法の解釈や運用に関する通達を24年6月に改正し、レインズへの登録内容に虚偽があった場合は処分の対象であることを明確化した。25年1月に施行する。 ◇「消費者が囲い込みを知ることが重要」 国の規制強化は、囲い込みの抑制につながるだろうか。専門家の間では、それほど簡単ではないという見方が多いようだ。 例えば、米国では、ほぼすべての住宅用不動産業者が参加する情報共有システム「MLS(Multiple Listing Service)」があり、そのデータベースにすべての物件情報を登録することが義務づけられている。 業界で協力して作るシステムであるため、違反への相互監視が利きやすく、違反者には除名などの罰則がある。MLSから締め出されれば業者には致命的だ。 これに対し、日本のレインズは国主導のネットワークであり、たとえ違反があっても、それを見つけることができるかどうかは不透明だ。また、違反があった場合、どの程度の罰則が科せられるかも見えにくい。 こうした日米の比較から、不動産流通に詳しい日本大学経済学部教授の中川雅之氏は「実効性があるかどうかは、やってみなければわからない」と語る。 また、囲い込みの手口は、レインズへの虚偽登録だけとは限らない。 らくだ不動産(本社・東京都渋谷区)は、原則「片手取引」に特化した「エージェント型仲介」として囲い込みを明確に否定している。副社長の山本直彌氏は「業界では、囲い込みが当たり前のように行われており、その手口は巧妙化している」と指摘する。 例えば、レインズには正しく登録していても、他の業者から物件について問い合わせがあった場合、「売り主の都合が悪く、内見(物件を実際に確認すること)ができない」などと言って締め出すことは可能だという。 山本氏は「消費者が不動産業界の囲い込みの現状を知ることが重要だ。自分が売り主となった場合、業者に『これは囲い込みですか』と聞くだけでも抑制になる」という。 囲い込み問題に長年警鐘を鳴らしてきた不動産コンサルタントの長嶋修氏(さくら事務所会長)は「業界の成長にとって、あしき慣行は極力クリーンにしていくことが必要だ」と語る。 一方で、囲い込みを生む背景として、現行の手数料上限規制にも問題があるとする。地価が低く物件価格が安い地方では、割に合わなくなるためだ。 地方では中古住宅が1000万円程度というケースは珍しくない。「取引が成立しても、手数料は36万円で、仲介のリスクや手間に全く見合わない」(長嶋氏)。そうした業者には「せめて両手取引にしたい」という切実な思いがあるという。 上限規制は1970年に消費者保護の観点から導入したものだ。長嶋氏は「今では囲い込みの要因となっており、自由化して手数料を明示するような見直しをすべきだ」と提案する。