GRAPEVINEのふてぶてしいロックアルバム『Almost there』。田中和将が語るそのすべて
手が届いたら終わりそうな気がしません? ああでもないこうでもないって言いながらやりたい
――自分のバンドの再始動にも影響を与えた? 「解散前よりよかったっていうのは、さっきも言ったおっさんのずうずうしさ、厚かましさ、あるいはちょっとしたヤケクソ感っていうのがスライダーズにも出てると思ったんです。スライダーズとしてのバンド人生があとどれだけ続くかわからない、ライヴもあと何回やれるかわからない――そういう危機感がビシビシ出てて〈これは強ぇな!〉って思いましたよ。気合い入ってて興奮しました」 ――キャリアは違えど、山も谷もありながら今でもバンドを続けている、ここまで来たら人生をバンドに捧げる覚悟っていう意味ではスライダーズもGRAPEVINEも一緒です。 「僕はスライダーズに憧れてロックを聴きはじめたので、彼らは雲の上の存在なんです。でもバンドとして歩んでる現実は同じなわけで。もちろん永遠に追いつけないけど、僕らも言うてる間に結成30年ですからね。ライヴを観に行ったのはアルバムのプリプロの最中でしたけど、ほんといい刺激をもらいましたよ」 ――GRAPEVINEも今回辛い経験はあったにせよ、それを踏み台にして新たな活力を獲得したような気がします。今回の経験を経て、田中さんは何が変わったと思いますか? まずは創作に対して。 「言い方としてはずうずうしくなった、恥ずかしげがなくなったってことなんでしょうけど、GRAPEVINEって結局はロックバンドだと思うし、僕も最終的にはロックンロールバンドでイェーイ!って言いたいだけの人間なんです。ただその一方で僕は最新の音楽も聴いて、そういうのはバンドものじゃなくてR&Bとかヒップホップ、アンビエントが多くて。それってバンドに持ち込むのはかなり難しい音楽だけど、そこも〈ええやん、挑戦するだけしてみようや〉って気持ちに変わりましたね。これまでは遠慮してたけど〈やったらやったで絶対GRAPEVINEになるし〉って自信もありますから」 ――それは本作ではどのあたりの曲ですか? 「〈雀の子〉もそうですし〈停電の夜〉とか〈SEX〉も家では打ち込みで作りました。〈The Long Bright Dark〉に関してはロックというよりソウルですね。いなたさと乾いた感じっていう。あとプレイヤーとしてはエレキギターを弾くのが好きなので、そのへんのバランスを取りながらって感じです」 ――バンドに対してはどうですか? 今回の一件って比喩ではなく音楽に救われたし、バンドに救われた一大事だったと思います。 「ほんまにね……お涙頂戴じゃないですけど、せっかくの25周年を僕が中断させてしまい、メンバーやスタッフにすごい迷惑をかけたと思うんです。でもそこで『音楽をやるぶんには関係ないやん』って言ってくれたのはメンバーですし、週1でリハビリのリハをやろうって提案してくれたのもメンバーですし……そこはこのバンドをやっててよかったと思いましたし、これからもやるしかないなって嬉しさと覚悟はありますよ」 ――いろいろあったにせよそれをバネに今回田中さんが踏み出した一歩がバンドの懐を広げたし、バンドに結束と勢いをもたらしたところはあると思います。 「結果そうなってくれてたら嬉しいですし、僕もそのつもりでガシッ!と入っていかんとアカンと思ってましたよ。『ジャスティス・リーグ』のスーパーマンみたいな感じというか(笑)。〈生き返ったらやっぱスーパーマン最強やったんやな!〉と思わせるくらいで帰ってきたいと思ってました」 ――そのたとえはちょっとよくわからないですが、でもアルバム1曲目は「Ub(You bet on it)」=俺を信じてくれ。冒頭のこの言葉にまさに再始動への覚悟が込められてるように感じました。 「元がソリッドでカッコイイ曲だったんで、こういう歌詞でいいんじゃないかなと思っただけですけど……」 ――しかしお涙頂戴が似合わないバンドのわりに、ここまでわかりやすく音楽とバンドに救われた人もいないです。 「お恥ずかしい話です……(笑)」 ――さっき感情とアートの話が出ましたけど僕は田中さんのこと、さんざん感情は排したいと言いながらめちゃくちゃ感情がはみ出てしまう人だと感じてます。 「うーん、感情ってどうしても出てしまうし、それはしょうがないと思います。だけど俺はそれも自分で客観視できてるつもりなんです。むしろそれを利用しようとしてるというか。だから恥ずかしげもなくなってきてるって言うんですけど、自分の感情のはみ出た部分をオイシイと捉えて作るというか……」 ――そのへんが作家根性ですよね。我が身に降りかかった不幸すらネタになるとほくそ笑む感じ(笑)。今回それをジャンピングボードに変換したわけだし。 「そういうわけです(笑)」 ――最後の質問です。今回『Almost there』は〈もうちょい〉という意味が込められてると聞きました。ではもうちょいで一体どこに行けるのでしょう? 「もうちょいでデビュー30周年です(笑)」 ――そこに行くんだ! あと4年ありますよ。 「これは〈Ub~〉の〈あと一息〉から取ってるんですけど、そこに書かれてることって誰にもわからないじゃないですか。〈世界中が素敵だと感じ〉られるのかどうか。あるいはさっきのスライダーズの話じゃないけど、今後バンドがどうなるかも誰にもわからない。今はこうして続けようとしてますけど年齢も年齢ですから急に体調を崩す人も出てくるかもしれない――そう考えると『もうちょい』『もうちょい』と言いながらやりたいなと思うわけです。今だっていいアルバムができたけど別に達成感もないし、ギターももっとうまくならんかなと思いますし。今後音楽的に到達するなんてことはありえない。なんか『もうちょい』『もうちょい』と言いながらいつの間にか死を迎えるような生き方をしたいって思うんです」 ――それって一番幸せでズルい生き方ですね(笑)。 「だって手が届いたら終わりそうな気がしません? 最期までああでもないこうでもないって言いながらやりたいなって思いますよ」 ――そう考えると「もうちょい」って言ってるのって〈いま私は幸せです〉って告白してるのと同じかもしれないです。 「うん、実際幸せですよ。改めて自分にバンドや音楽があることは幸せだなって思います。少なくとも俺は今バンドやっててむちゃくちゃ気持ちいいですから」 ――ほんとよかったです、ここまで帰ってこれて。言葉遊びになりますが、2023年に出た18枚目のアルバムが『Almost there』で2000年に出た3枚目のアルバムが『Here』。HereからThereになるまでの23年間、まさに彼我の境地を超えてきたんだと感じました。 「……思えば遠くへ来たもんだって感じですね。自分の足元=Hereは其処此処に置いてきましたから、今はどこもかしこもHereになってるわけです。そう思うとずいぶん変化してますよ」 ――足元を確かめてThere=あそこへ――そうなるとThereは〈あの世〉なのかって気もしてきますけど(笑)。 「はははははは。『Almost there』=ほとんどあの世。それいいっすね!(笑)。棺桶に片足つっこんでるバンドとしてこれからも頑張っていきますよ」 ――ちなみに再び音楽や映画の楽しさに目覚めた田中さん、最近気になってるカルチャーはありますか? 「さっき原点のストーンズを聴き直したって話をしましたけど、なんと新譜が出るんです!」 ――新曲「Angry」。ストーンズも怒ってます。 「そう、3日前くらいにMVが出て聴いたんですけど、これぞストーンズ!っていう曲で興奮しちゃって。ミック(・ジャガー)なんて80ですよ! あれ80の歌じゃないですよね。しかも来月18年ぶりにアルバムって……そりゃ興奮しますよ」 ――ここはGRAPEVINEも見習って、「あとちょっと」「あとちょっと」と言いながら80まで頑張りたいとことです。 「80って! 80はおかしいよね。80は……やっぱストーンズ、すごいなぁ……」 〈GRAPEVINE Almost There Tour extra show〉 2023.03.23(土)名古屋ダイアモンドホール 2023.03.24(日)なんばHatch 2023.03.28(木)Zepp DiverCity
清水浩司