「約束したのに、『退職金』が支払われない」…中小企業M&Aで起きている〈売却側の泣き寝入り事件〉の根本理由
「買い手・売り手双方を顧客とするサービス」ゆえの限界も
M&A仲介業界が健全化を果たせたとしても、M&A当事者の利益を保護する目的においては、売り手・買い手双方を顧客として中立の立場で支援をするM&A仲介サービスの構造には、限界があります。この点はこれまでもお伝えしてきたところです。過去記事 『中小企業オーナーが知っておくべき、「M&A仲介サービスでは売り手の利益追求が難しい」根本理由【専門家が解説】』 で紹介したルシアンホールディングス事件においても、株式譲渡の実行時に売り手の経営者保証(会社に対する連帯保証)を新オーナーへ切り替える義務が果たされなかったことが原因で、売り手オーナーが大きな損失を被る結果となりました。 こうした事件は、「当事者の利益のために交渉支援ができない」M&A仲介サービスの構造上の限界を露呈するものであり、当事者の利益を守る役割を担うFAサービスがしっかり支援をしていればそのうちの多くは避けられたはずです。 そのほかにも、M&A成約後に買い手から合理的とは言えない損害賠償請求を受ける、退職金を約束どおり払ってもらえないといったトラブルについて、当社でも売り手オーナーから相談を受けることがあります。その多くは株式譲渡契約書等において売り手が過度なリスクを負っており、買い手にそうした行為を認める余地を残す条件となっています。厳しい言い方をすれば、売り手もその条件で契約締結したのが悪いのです。 M&A仲介サービスは、あくまでも売り手と買い手の両者を中立の立場でマッチングするサービス。そう割り切って活用しなければ、オーナー経営者の専門家に対する期待と、仲介サービスで提供できる支援の現実との間に大きなギャップが生まれてしまうため、注意が必要です。 仲介サービスで一般的に使われている譲渡契約書の雛形と、売り手にとってのリスクについては、本連載の別の機会に解説したいと思います。 作田 隆吉 オーナーズ株式会社 代表取締役社長
作田 隆吉