ジャガーの“激変”は受け入れられるのか? 最後のFタイプクーペに乗って考えた。「このエンジンがなくなるとは、なんて惜しい!」
ジャガー最後の内燃機関搭載モデルの1台である「Fタイプ」の最終モデルに小川フミオが試乗した。ジャガーの魅力とこれからについて考えた! 【写真を見る】最後のジャガーFタイプクーペの細部(17枚)
さようなら、素晴らしきV8エンジン
ひょっとしたら、近い将来に骨董的価値が出るクルマ? なんて、思えるのが、英国製スポーツクーペのジャガーFタイプだ。試乗したグレードは「R75クーペP575」。 というのはFタイプ、いよいよ最終らしい。「これで乗り納めかもしれない……」と、思いつつ、ガソリンエンジン搭載のクーペに乗った。 はたして「なんて惜しい!」と、涙が出るぐらい、いいエンジンを載せたスポーツカーだった。 Fタイプは、2013年にジャガーカーズが発表したスポーツクーペ。ポルシェ「911」やメルセデス・ベンツ「SL」あたりが想定される競合車だったろうか。 Fタイプ、とりわけ試乗車の5.0リッターV8モデルは、低回転域からトルクがたっぷりあるいっぽう、気持ちよくまわる傑作エンジンゆえ、911にぶつかる存在と思えた。 V8は、4気筒と並行して、最初から設定されていたエンジンだけれど、2016年にスーパーチャージャーを装着して575馬力(423kW)を誇る「SVR」モデルが追加された。これがR75クーペP575のオリジンだ。 この5.0リッターV8、2023年7月にジャガーがブリティッシュライブラリーに、「最後のジャガーエンジンサウンド」としてV8スーパーチャージャーの“音”を納品したのだ。 じっさいには録音と思われるが、「私たちが何世代にもわたって取り組んできたジャガーエンジンを、音として、このさきずっと聴いてもらいたい」とは、シニアサウンドエンジニアのチャールズ・リチャードスンの言葉だ。 じつは私も、このV8エンジン搭載のFタイプは、さきに触れたとおり、SVRとしてデビューしていらい、ずっと好きだった。
ジャガーの“大変身”
Fタイプのスタイリングは最大の弱点で、理詰めで、華やかさにいまひとつ欠けるきらいがあったのは事実。でも、一度ドライブして、575psを発揮するV8をはじめ、シャープなドライブフィールを体験したあとだと、説得力が出てくる。 スポーツカーというのは、そういうものなのだ。美しいけれど、乗るとがっかりなクルマもある。Fタイプは乗ると、ずっと記憶に残る。これまでもそうだったし、今回乗っても、やっぱりそうだった。 ステアリングフィールは、クイックな設定だ。少し動かすと、車体がすぐに反応する。スポーツカー体験があまりないひとは、最初はやや戸惑うかもしれないが、意のままに動いてくれるので、すぐ慣れるし、好きになると思う。 足まわりも、硬すぎず、ソフトすぎず、いいところをとったセッティングなのは、最後まで変わらなかった。 あえてぎゅっとタイトに設計したであろう室内は、荷物の置き場があまりないのがちょっと困るけれど、スポーツカーとはそういうもの、という英国的な考えの反映とみることも出来る。 ゴルフやるのに、ブリーフケースを持ち歩くひとはいないのとおなじ、といえるかもしれない。運転を楽しみたいときに乗る……Fタイプはそんなクルマなのだ。 ジャガーカーズは、このさきICE(エンジン車)の生産を中止することを公にしている。あわせて2025年には、高価格帯のBEV(ピュアEV)専業メーカーになると発表。 思いつくのは、中国のBYDの動きだ。同社が、BEVブランド「仰望(YangWang)」を立ち上げ、4輪ホイールインモーターを備え、その場で360度車両が回転する装置をそなえたSUV「U8」を発売したのは「ひとと違うクルマに乗りたいという富裕層の声に応えたから」(BYDの広報担当者)。 このように、今後、BEVの世界でもより高性能・高額のモデルを求める動きは確実にある。ジャガーの“大変身”はそこを狙ったものだろう。 とはいえ、FタイプR75クーペP575で、独特のファントゥドライブ性に魅了された私としては、自動車好きとして、惜しい気がするのも事実ではあるが。
文・小川フミオ 写真・小塚大樹 編集・稲垣邦康(GQ)