「真田丸」の上田城、例年以上のにぎわい 千本桜まつりスタート
上田市によると、上田城は真田昌幸が天正11(1583)年に徳川家康の援助を受けて建設を開始。しかし北条氏と手を組もうとした家康は、真田の上州沼田領を北条に譲るよう求めましたが昌幸が拒否、上杉と手を結びます。天正13(1585)年8月に徳川勢7000余が上田城を攻めますが、真田は2000弱で撃退。慶長5(1600)年には徳川秀忠勢3万8000の攻撃を2500で迎え、くぎづけとなった秀忠軍は関ケ原の戦いに遅れる失態。2回の徳川との戦いや大阪夏の陣の真田幸村勢の活躍から真田への評価は高まりました。
--------------------------------------- ■高越良一(たかごし・りょういち) 信濃毎日新聞記者、長野市民新聞編集者を経てライター。この間2年地元TVでニュース解説