道長の嫌な性格がよくわかる…東宮の「添い寝」に選ばれた妹の不倫疑惑を確かめるためにとったまさかの行動
■道長の運を開いた女性とは 兄たち2人が亡くなり、さあ、道長の出番と思いきや、一条天皇が立ちはだかります。一条天皇は、道隆一家と仲が良かった。道隆の娘・定子は、天皇の寵愛を受けていたし、道隆の息子・伊周とは馬が合う。 それに対して、一条天皇は、道長が好きでない。だから、道長以外の候補者から後釡を選ぼうとしていらっしゃる。 それを知ったのは、道長を可愛がっている姉の詮子。彼女は、一条天皇の母でもあります。母であっても、天皇の前では、下位です。天皇の気持ちを覆すことは、容易ではありません。 詮子は、道長に宣旨を下ろそうとなさらない天皇の寝所に自ら出向き、直談判をしました。長い時間がたつ。外では、道長が固唾をのんで待っている。詮子がついに天皇の部屋からお出ましになった。その時の詮子の様子を原文で示しましょう。 御顔は赤み濡(ぬ)れつやめかせたまひながら、御口はこころよく笑(ゑ)ませたまひて、「あはや、宣旨下(くだ)りぬ」とこそ申させたまひけれ。 (=詮子さまのお顔は赤らみ、涙に濡れて光っていらっしゃりながら、お口の辺りは喜ばし気にほほえまれて「ああ、やっと宣旨がおりましたよ」と仰せられたことでした。) ■誰にも相談せずに出家 詮子が、一条天皇を泣き脅ししたことが分かる表情ですね。天皇の前で、母は泣き、道長を権力者にする宣旨を出すように取り付けたのです。 道長の運は、詮子によって、切り開かれたと言っても過言ではありません。運を開いてくれる人を持つことは、重要です。道長は、詮子に恩義を感じ、詮子が亡くなった時は、ご葬儀を誠心誠意を込めて執り行なっています。 道長は、54歳になり、3月21日夜半、少し胸が痛みました。すると、翌日の午後に、突然起き出して、氏神である春日明神に向かってお暇乞いをし、誰にも相談せずに、いきなり出家してしまいました。道長らしいですね。決断したら、直ちに実行です。 周りの人たちは、一様に茫然。その後、天皇・東宮・后の宮に知らせました。道長は、一人で沈思黙考し、決断し、実行に移すという性格であることが分かります。 ですから、子供たちの将来も、道長によってほとんど決められてしまったわけです。まあ、権力者にとって「決断力」は、最も大事な資質ですから、それを持っていたことは、当然ですね。 ---------- 山口 仲美(やまぐち・なかみ) 埼玉大学名誉教授 1943年生まれ。日本語学者。お茶の水女子大学卒業。東京大学大学院修士課程修了。文学博士。日本語検定委員会理事。2021年文化功労者。古典語から現代語までの日本語の歴史を研究。とくに擬音語・擬態語の歴史的研究は、高く評価されている。論文「源氏物語の比喩表現と作者(上)(下)」で日本古典文学会賞、『平安文学の文体の研究』(明治書院)で金田一京助博士記念賞、『日本語の歴史』(岩波書店)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。また、「日本語に関する独創的な研究」が評価され、2022年に日本学賞を受賞。2008年紫綬褒章、2016年瑞宝中綬章を受章。 ----------
埼玉大学名誉教授 山口 仲美