『きのう何食べた?』が提示した“人生のための別れ” 間違いを許すための離婚
人気漫画家・よしながふみの同名コミックが原作のドラマ『きのう何食べた? season2』(テレビ東京)。第8話では、内野聖陽演じる矢吹賢二(以下、ケンジ)が所属する美容室の店長・祐(マキタスポーツ)と祐の妻・玲子(奥貫薫)の物語を中心に、登場人物たちの別れの決断が描かれる。離婚という決断を下した玲子の言葉が心に強く残る。 【写真】ケンジ(内野聖陽)と田渕(坂東龍汰)の対照的な対応 第8話では、まず、祐と玲子の一件に対する、ケンジと田渕(坂東龍汰)の対照的な対応が印象に残った。 人当たりが良く、心優しいケンジとは対照的に、スキャンダル好きな田渕は祐と玲子のいざこざをエンタメ感覚で眺めている。娘の入学式に出席した祐と玲子の仲睦まじい様子に、ケンジはほっと胸をなでおろすが、田渕はそわそわしていた。「娘が大学に入ったら別れる」という玲子の意向を知っている田渕は「思ってた展開と違うんすけど」と不服そうだ。ケンジは「関係修復したんだよ、いいことじゃない」と安堵の笑みを浮かべるが、田渕はあきれたように笑うと、「そんな簡単に修復しないっすよ、人の気持ちなんか」と冷めた顔つきになった。 結局、田渕の言葉通り、玲子は祐の元を去る。祐の家を訪れたケンジは、部屋でぽつねんと座り込む祐を見つけた。この場面で描かれるケンジの優しさは心に沁み入る。ケンジは祐の横に座り込むと、親身に話を聞いた。祐のつらい心境を汲めば、何も言わず背中をさする。ケンジの良いところは、ただ優しく寄り添うだけではないところだ。飄々とした様子を崩さない祐に「ダメだよ、こういう時にカッコつけちゃ! 泣いてすがるぐらいのことしないとダメ!」とまっすぐに気持ちを伝えるケンジらしい言葉でたしなめたり、「ほんと、自分勝手だよね」「どんだけ玲子さん傷ついてきたと思ってんの」と祐の自分勝手さを叱ったり、祐の悪い面をしっかり指摘する。しかしケンジは大切な友人が傷ついていることも十分分かっている。ケンジは気落ちした祐の頭をグッと抱きしめ、呆れた様子で彼の頭をポンと叩く。祐が今になって玲子を傷つけたことを後悔していること、離婚という結末にショックを受けていること、その両方を理解できるケンジだからこその振る舞いだった。 一方で田渕は水を得た魚のように話に食いつく。田渕の顔つきがじわじわと驚きから喜びに変わっていき、ワクワクを抑えきれず笑い出す姿には思わず笑ってしまう。祐が現状を淡々と話すのを前に、田渕は勝手に修羅場を想像し、興奮する。しかし田渕は離婚の協議が修羅場にならなかったと知るや否や、たちまち元気を失い、「え~、つまんねえ」と落胆していた。当人を前に大はしゃぎし、勝手に失望する田渕の言動は失礼極まりないのだが、思ったことを何でも口にする田渕らしさ全開で見ていてとても面白い。加えて、はじめこそ「田渕くん」と優しい声色で諭していたケンジが、「田渕!」と強めに叱責する様も面白かった。 祐がベトナムへ傷心旅行に行った後、ケンジは玲子から呼び出される。「お店に色々迷惑かけてるでしょ。ケンちゃんには一度きちんと謝っておきたかったの」と玲子は言った。玲子は離婚後の生活も仕事も順調な様子で、すでに新たな店を開いていた。玲子の名刺を受け取ったケンジは、玲子の苗字が“三宅”姓のままだったことに驚く。玲子は苗字を変えなかった理由を打ち明ける中で、ふと「それに、嫌いになったわけじゃないから。あの人のこと」と口にした。ケンジはその予想外の言葉に目を見張る。嫌いではないが離婚に至ったことに戸惑うケンジに、玲子は微笑みながらも凛とした口調でこう言った。 「嫌いじゃないけど、やっぱり許せない」 玲子を演じる奥貫の声色やまなざしには、玲子という人物が持つ意志の強さが感じられる。祐について「実際すごくいい人だし、子どもたちにとってもいい父親だしね」と話す玲子の言葉に嘘は感じられない。けれど、祐を許せないこと、祐のことを恨んだり憎んだりしてしまう感情があるのも本当なのだ。玲子が話す一言一言に、祐と一緒に過ごす時間の中で積み重ねられてきた思いがのせられている。玲子の言葉を通じて届く彼女の正直な気持ちはケンジにも届く。「間違いは消せないもんね」とケンジは納得した。 そんな玲子にも離婚を一瞬迷った時があった。娘の入学式に参列できるのが1人だけだと分かった時、祐は「そりゃあ、あなたが入りなさいよ」と言う。「ここまであなたが一番頑張ってきたんだから」と玲子を労う祐の言葉に、玲子の心は揺れた。祐の言葉を噛み締めるような玲子の面持ちから、祐のことをどうしても嫌いになれない玲子の心情がうかがえる。 玲子が一度はためらいながらも離婚を決意したことに、ケンジは「ダメだった?」と問いかける。玲子が下した別れの決断は、決してネガティブなものではない。 「間違いを許せるようになるために別れるの」 別れに対する考え方は人によってそれぞれ違う。玲子は祐を思う気持ちも許せない気持ちもある中で、自分の人生のために別れを選んだのだ。玲子のやわらかながらも芯のある声色が胸に響く。
片山香帆