不法越境に揺れる移民大国、米国 政権〝国境封鎖〟も解決は遠く…ヒスパニック系にも広がる反感
【アリゾナ古川幸太郎】移民大国の米国が揺れている。中南米からの不法移民が急増する中、バイデン政権は6月、不法越境者を強制送還する事実上の“国境封鎖”に踏み切った。ただ一時的に数は減ったものの、国境の抜け穴をすり抜けてくる人は後を絶たない。11月の大統領選で移民政策は主要争点の一つ。多くの移民が流入する国境の町では住民の不満が爆発し、その怒りは移民がルーツのヒスパニック系住民にも広がっている。 【トゥーソンの地図】 6月中旬、米西部アリゾナ州のメキシコ国境地帯。高さ5メートル超の鉄柵沿いで、国境警備隊がにらみを利かせていた。 「政権の新たな移民政策を受け、施設の利用者は半数程度に減っている」。メキシコからの越境者を一時的に保護する施設「カサ・アリタス」の担当者はこう述べた。 カサ・アリタスは、国境から約100キロ離れたトゥーソンにある。施設では国境を越えてきた人たちの生活支援や亡命申請をサポートしている。 バイデン氏が事実上の国境封鎖に踏み切った6月5日以前は、1日平均約500人が押し寄せたが、現在は100~300人程度で推移する。ほとんどが家族連れという。彼らは移民に寛容なニューヨークやシカゴなどの大都市に移送されるまでの数日間を施設内で過ごす。 「お金もなく、食べ物もなく、未来が見えなかった」。ベネズエラ出身のメイヨー(35)は母国の窮状から抜け出そうと、強盗や誘拐が横行する危険なジャングルを徒歩で渡ってきた。 亡命申請には、米政府の公式アプリから申し込む必要がある。不法越境を防ぐ目的で導入されたが、1日1450人の狭き門だ。メイヨーはメキシコで9カ月間働きながら申請を待った。「アトランタで早く働きたい」と願うが、亡命の是非を判断する裁判所の審査にはさらに数年間かかる。 アンゴラ出身の女性(19)は紛争から逃れるため10カ国を転々とした後、警備隊に保護された。公式アプリから亡命申請しておらず、封鎖後だったら強制送還されていた。「米国で勉強したい」。現在、妊娠4カ月の彼女は力なく語った。 ■ ■ 昨年12月、不法移民は過去最高の月30万人を超えた。11月の大統領選で再対決する共和党のトランプ前大統領から「無策」と批判され続けたバイデン政権にとって、今回の国境封鎖は大統領選を見据えた措置だった。 米税関・国境警備局(CBP)によると、封鎖後の2週間で不法移民の数は1日あたり25%減った。一方、強制送還を知らずに国境を渡り、そのままメキシコ側に連れ戻されたり、猛暑のため砂漠で命を落としたりするケースが増えているという。 不法移民は主に中南米出身者だが、最近ではアフリカや中国、ロシアからの亡命希望者も増えており、外交関係の都合から送還手続きが進まない問題点を抱える。 米国とメキシコの国境は3千キロ超で、北海道から沖縄の距離に匹敵する。慢性的な人員不足にある国境警備隊が監視するには到底無理がある。公式アプリの申請を待ちきれず、不法越境する人も少なくない。移民が殺到する背景には母国での貧困や暴力があり、根本的な解決策にならないとの見方が根強い。 ■ ■ アリゾナ州の人口は約740万人。この30年余りで倍増した。その原動力が、人口の3割を占めるヒスパニック系住民だ。彼らは不法移民と同じく中南米からの移民がルーツだが、反移民の機運が高まるなど保守化が進む。 元政府系職員だったイベット・セリーノ(46)はその一人だ。メキシコ国境から流入した麻薬がまん延し、町にホームレスが増えていることに強い危機感を抱く。「国境崩壊はバイデンによる人災だ。民主党に投票させるために国境をスルーさせている」。その主張は移民を「犯罪者」と批判するトランプ氏とまるで同じだった。 メキシコ系で工場勤務のフェリックス・モレラ(55)も「トランプ時代は国境はしっかり管理されていたが、今は誰も信用できない」とバイデン政権の移民政策を批判した。 中南米からの移民が生活を悪化させた-。CBSテレビの最新の世論調査でヒスパニック系の4割がこう回答した。州の失業率や犯罪率は減少傾向にあるにもかかわらず、反移民の感情はかつてなく高まっている。州は大統領選投開票日に合わせ、警察が不法移民を逮捕できるようにする州法改正案の是非を問う住民投票を実施する。 アリゾナ州は選挙のたびに支持政党が代わる激戦7州の一つ。2020年の前回大統領選では、バイデン氏がヒスパニック系有権者の過半数から支持を得て勝利したが、不法移民の急増で風向きは変わる。米政治サイト、リアル・クリア・ポリティクスが集計した6月24日時点の平均支持率では、トランプ氏が5・6ポイントリードしている。 米国政治に詳しいアリゾナ大教授のサマラ・クラーは「非白人の移民は米国文化と同化するにつれ、白人と同じ投票傾向になる」と説明。「どちらの候補も国境問題には対処できていないにもかかわらず、トランプは現政権への不満を吸い上げ、治安や失業問題に結びつけて支持を広げている」と指摘した。 (敬称略)
バイデン政権の移民政策
6月5日に施行した新たな移民政策は、不法越境者が1日平均2500人を超えると、亡命申請を受理せず入国を認めない内容。親が同伴していない子どもや人身売買の被害者は例外となる。一方、米国に10年以上居住し、米国人と結婚した不法移民については国外退去処分を3年間猶予した上、永住権の申請手続きを支援して就労も認める。対象者は55万人になる見通し。寛容な移民政策を求めるリベラル層の支持をつなぎ留める狙いがある。昨年9月までの1年間に、約240万人の不法移民が南部国境から流入したと推計されている。