「ぼくが死んでもいいの?」ダウン症の息子の言葉に命をかけた母、二人三脚で目指す“世界一のスイマー”
つらい姿は伏せ、幸せな日々だけ発信する意味
そして、2022年の「世界ダウン症水泳選手権大会」では、カイトさんが日本初となる背泳ぎ3種目での決勝進出を果たし、背泳ぎ200メートルでアジアレコードを達成。ダウン症スイマーとしての世界への挑戦は、確実に実を結んでいく。 同年には、カイトさんがダウン症者として日本で初めて企業からパラアスリート社員へ採用されることにもつながった。 そんな夢に向かって駆け上がっている日々をSNSにアップしている金子さん。投稿する写真には、カイトさんとの笑顔があふれているが、「あえて、幸せな姿だけを発信している」と話す。それは、ダウン症者とその家族への、ある思いからだ。 「お腹の子どもがダウン症だとわかった、あるご夫婦との出会いが転機でした。かつての私がそうだったように、お会いした日、そのご夫婦の雰囲気はまさに絶望。 そんななか“産むことを悩んでいる妻を説得してほしい”とご主人に言われたんです。でも、私はどんな言葉をかけたらよいのかわかりませんでした。 ただ私に伝えられることは、“私たちは悲しくないし、幸せに生きているよ”ということだけ。もちろん、つらい日もあります。でも、希望を持ってダウン症の子どもを育ててほしいから、カイトとのポジティブな日々を伝えていこうと思うようになりました」
許し合える心の美しさを息子に教えられた
一方で、「ハッピーだけでは語れないリアルも伝えたほうがよいのでは」という思いも生まれている。モデルとしてCM出演もするカイトさんだが、メディアへの露出が増えて注目が高まるがゆえに、不本意な感情に晒される経験もしてきた。 「“出る杭は打たれる”ではないですが、カイトが目立つことで心ない言葉を受けることもありました。それは彼が水泳に向き合う気持ちにも影響し、試合の前に涙を流すようになって。深夜、暗い部屋で引退会見の練習をしていたこともあります。 こんなにつらい経験をしてまで泳がなければならないのかという疑問と、ここで負けないでほしいという思いで葛藤しました」 同じ気持ちを共有できると思っていたダウン症者の家族からネガティブな言葉をかけられることもある。怒りで言い返したくなる場面もあるが、止めるのはいつもカイトさんだ。 「一番嫌な思いをしているはずなのに、本当に平和主義なんです。カイトから、人を許すことを学びましたし、人として“美しい”とはどういうことかを教えられました。 カイトが泳ぐために生まれてきたとは思いません。でも、ダウン症者として生まれ、水泳で世界をめざしているカイトはきっと何かを担っている、だから何があってもそばで応援しようと決めています」 そんな困難を乗り越え、カイトさんは、3月にトルコで開催される「世界ダウン症水泳選手権」へ出場。初日となる3月21日の「世界ダウン症の日」には、最も得意とする背泳ぎのレースに挑む。 「元気に見えても、ダウン症ゆえの健康リスクは常に背負っています。身体は健常者であればすでに30歳を過ぎた状態。いつも“これが最後の大会かもしれない”という気持ちで挑まねばなりません。 カイトは、日頃から“ヒーローになりたい”と言っていますが、彼の夢が叶うことがダウン症スポーツの発展にもつながるはず。応援をよろしくお願いします!」 金子エミさん●パーツモデル歴32年。美容研究家。'97年に長男・海人さんを出産、ダウン症とわかる。Instagram(@emikaneko1114)ではスイマーとして世界で活躍する海人さんとの日々を発信している。 取材・文/河端直子