東電の勝俣元会長に聞きたかった「原発やるべきだったのか」
大手電力会社のトップは記者会見などで原発について聞かれると、昔も今も「安全を最優先に推進します」と答える。核燃料サイクルも事実上、破綻しているのは明白なのに、今なお「推進」だ。これは政府・自民党が核燃料サイクルを含む原子力政策を国策として進めているからだろう。【毎日新聞経済プレミア・川口雅浩】 そんな経営者が多い中で、2002年10月、東京電力の社長に就任した勝俣恒久氏(24年10月21日、84歳で死去)は原発反対とまでは言わないが、原発に慎重もしくは懐疑的なのは明らかだった。 社長就任直後の毎日新聞のインタビューでは、核燃料サイクルについて「再処理工場は技術的に複雑な装置で、未知の世界がいろいろある。そういう意味で不安感がある。(立ち止まって考えるべきだという指摘は)ひとつの考え方としては、あると思う」と答えた。「バックエンド(使用済み核燃料などの後処理)には未知のコストがあり、悩みが大きい」とも語った。 そこで私はもっと勝俣氏の本音を聞きたいと思った。私はエネルギー業界の担当だった02年10月から04年3月にかけ、勝俣氏の東京都内の自宅を何度も訪れた。新聞記者がキーパーソンの自宅を訪ねる「夜回り」取材というやつだ。自宅ではいつも和室に案内され、勝俣氏が対応してくれた。 ◇「そういう考え方もある」 私は「地震学者の学会で、大地震の際の原発の安全性が疑問視され、事故の不安が指摘されている。仮に安全運転しても使用済み核燃料がたまり続ける。少なくとも原発の新増設はやめ、カネばかりかかって、実現できそうにない核燃料サイクルも欧米のように撤退したらよいのではないか」と、恐る恐る聞いてみた。 今なら何てことない質問だろうが、当時、東電社長に夜回りとはいえ、面と向かって聞くには勇気が必要だった。私のような質問をする新聞記者は異端視されるので、ライバル紙を含めて皆無に近かった。 勝俣氏は目を閉じ、私の質問を黙って聞いていた。しばらくして、勝俣氏は「うん、そういう考え方もある」とだけ答えた。私の考えを頭ごなしに否定しなかった。 勝俣氏の自宅を訪れるたび、私は控えめながらも、原発を取り巻く現実について、いろいろ質問した。 02年夏に発覚した東電の「トラブル隠し」の影響で、東電の福島・新潟両県の原発は全17基が点検・修理のため03年4月までに停止した。当時、「原発が動かなければ首都圏が大停電に陥る」かのようなキャンペーンを政府や電力会社、一部のマスコミが展開したが、私は疑問を感じていた。 東電は真夏の電力需要を乗り切るには8~10基の原発の再稼働が必要と主張していた。ところが原発が再稼働しなくても、火力発電など余剰電力をかき集めれば、猛暑でも必要な電力は確保できる計算になっていた。原発事故後、東電の原発が全基停止している今と同じような状況だ。 結果的に03年夏は冷夏で、東電の原発は4基が再稼働し、電力の供給に問題はなかった。私は「電力が余っていたのに、東電が8月末まで節電要請をしたのは危機をあおるためではないか。そもそも8~10基も再稼働を目指す必要はなかったのではないか」と指摘した。 勝俣氏は「原発4基のまま猛暑が続いたら、ぎりぎりの綱渡りだった。火力発電所が故障したら大停電もありえた。あと原発3基分くらいの予備電力がほしかった」と反論した。私は同じ質問を事前の記者会見でもしていたが、勝俣氏の発言は自宅でも同じだった。 私と勝俣氏は親子ほどの年齢差がある。原発に批判的で生意気な新聞記者と思ったに違いないが、私が何を質問しても、たいていは「うん、そういう考え方もある」と目を閉じてうなずき、否定はしなかった。相手の話にじっくり耳を傾ける包容力のある経営者だと思った。 ◇「責任逃れ」との批判も 勝俣氏はその後、会長となり、福島第1原発の事故では、福島県の避難者らが業務上過失致死傷容疑で勝俣氏を告訴。東京地検は2度にわたり不起訴としたが、16年に業務上過失致死傷罪で強制起訴された。国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)などにも招致された。 公判では「技術的なことは分からない」などと主張したため、世間から「責任逃れだ」と強い批判を浴びた。東京地裁は「事故を回避する義務を課すにふさわしい予見可能性があったと認めることはできない」などとして、19年に無罪判決を言い渡した。 控訴審も1審判決を支持したが、検察官役の指定弁護士側が上告し、最高裁で審理が続いていたが、24年10月21日に84歳で死去した。 ◇東電の経営判断どうなる 原発事故後、私は勝俣氏にぜひ聞きたいことがあった。それは「あなたは原発の安全性を信じていたのだろうが、取り返しのつかない事故を起こし、今となっては原発などやらなければよかったと後悔しているのではないか」ということだ。 東電は原発事故後も新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働を目指している。地震大国の日本で今後も原発を続けるべきなのか。再処理工場が完成せず、打開策が見つからない核燃料サイクルも早期に撤退すべきではなかったか。 東電は原発専業の日本原子力発電の発電がゼロなのに、毎年550億円の基本料金を支払っている。さらに原電の安全対策の工事費用として、21年度から3年間で約1400億円を「将来の電力料金」として前払いしている。これは正しい経営判断なのか。 還暦記者の私は長く政府・自民党や電力業界をウオッチングしてきた。地震大国の日本で原発は事故のリスクを消し去れないと元裁判官や専門家が指摘している。高レベル放射性廃棄物の地層処分も適地がないという。そんな原発を推進しなくても、再生可能エネルギーに蓄電池や節電を組み合わせれば、必要な電力は確保できるのではないか。 残念ながら、勝俣氏に話を聞く機会を失ってしまったが、現役当時は「カミソリ」の異名で知られた元経営者は、私の質問に何と答えただろうか。