日本企業と労働者「賃金のルール」を重視、「仕事のルール」は軽視…「働き方改革」の議論が深まらないワケ
長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の助長、同一労働同一賃金の推進を目的とする働き方改革だが、日本での議論はなかなか進展が見られない。なぜそのような状況に陥ってしまうのか。経済学者が考察する。※本連載は石田光男氏の著書『仕事と賃金のルール 「働き方改革」の社会的対話に向けて』(法律文化社)より一部を抜粋・再編集したものです。 年金に頼らず「夫婦で100歳まで生きる」ための貯蓄額
仕事のルール…「PDCA」に基づいた具体的な認識が可能
雇用は経営組織が利潤最大化を目指して労働を雇い入れた結果である以上、利潤最大化に帰結するような仕事の遂行を確実に手にする手段がなくてはならない。 仕事の遂行を統御するルールは、したがって、手段の体系であるはずである。それが不確かなものであれば企業活動にとって致命的である。雇用関係の研究も、この手段の体系としての仕事のルールを明確に記述できるかどうかが鍵となる。 私は若い時期に(1980年代半ば)賃金制度の研究に集中していたが、80年代後半、日米の貿易摩擦が国際問題になり、その焦点であった自動車産業の日米比較の実態調査に従事したことがある。 賃金のルールは、日本の自動車企業が職能給体系で人事考課を内包する賃金制度であるのに対して、米国のビッグ3はジョブに一律の賃金が貼りついた人事考課のない賃金制度であったが、ここから、日米の労働生産性の相違を直接に説明することはできない。働き方の相違がどのように違い、その違いが労働生産性や品質向上にどのように影響するかを具体的な手段の構築様式に基づいて語れなくてはならない。 賃金のルールだけでは生産性や品質にまで考察が届かない。研究の方法的行き詰まりである。 そんな折、マツダの本社工場の工場長付きのスタッフの方が、私のたどたどしい質問を見るに見かねて「工場で実際にどのように仕事を管理しているかを説明しますので、まずそれを説明させてください」とおっしゃられその説明を拝聴したことがある。方針管理と呼称されているその管理は、図表のような実に手段の連鎖からなる体系的な管理であった(石田他、1997)。 図は係レベルの台当たり原価の低減の管理図であるが、直接労務費の削減、直接労務費以外の原価低減の目標値と、その達成のための具体的課題(図の一番右側の列の諸課題)の目標値(図の右から2番目の列の目標値)が、月次単位で表示されている(P=目標とそのブレークダウン)。 「歩行ロス時間の削減」から「搬送モーター間欠対策件数」に至る各課題の達成に向けては、ここに図表を掲載できないが、どの作業者たちが誰をリーダーにして、いつまでに、どこまで達成するかの計画が示される(D=実践とその組織)。これらの目標と実践は月次ごとに目標に対する実績がチェックされ、未達成への対策が話し合われる(C=チェック)。そこから新たな取り組み(A=改善)がなされる。いわゆるPDCAによる管理である。 これに加えて、係内の全メンバーの各持ち場(ポジション)の作業の習熟度合いを表示した技能表があり、各自の技能の幅と深さを年間通じてどこまで高めるかの訓練計画がある。訓練計画とPDCAの運用が連結されることにより、人材育成はP=目標に連結されることになる。 賃金のルールのように賃金表に集約されるほど簡潔ではないが、仕事のルールはPDCAに基づく管理図表の体系として具体的に認識可能であることは以上の説明からほぼ了解いただけるだろう。