いずれ到来する「医師が余る」時代。「足りないなら増やせばいい」と簡単に言えない、医師不足・偏在問題の実情とは? 厚労省も適正化に苦悩
現在は急速に「均衡」へ向かっている
かつて、日本において医師の絶対数が不足していたのは事実だ。そもそも日本において、医師は医療行為(医業)を許された唯一の職業。医療の中心となる重要な存在だが、その養成・維持にかかるコストは高い。そのため、医療行政を担う立場の者たちは、医師数のコントロールに頭を悩ませてきた。 日本には「医学部(医学科)のない都道府県はない」ことをご存知だろうか。1970年代には、この「一県一医大構想」と私立医学部新設ラッシュが起き、医師過剰が懸念された。医学部の定員は一時1981年をピークとし、以降、順次削減されていたのだ。厚労省も「医師不足」ではなく「医師偏在」、つまり「医師の絶対数は十分であり、それが偏在しているだけ」とする見解だった。 しかし、今度は主に地方において「医療崩壊」という言葉がメディアを賑わせ、注目されるようになった。 厚労省と同様の見解を示してきた日本医師会も、2007年に「絶対数の不足」を認める。そして2008年、舛添要一厚生労働大臣(当時)のもとで、医学部定員削減の見直しが発表され、医師数は増加する流れになった。 医師需給分科会によれば、医師数は全国レベルで毎年3500~4000人のペースで増え続けている。2022年3月に厚労省が発表した2020年末時点の『医師・歯科医師・薬剤師統計』では医師数は33万9623人と過去最多を更新した。 コロナ禍というイレギュラーはあったが、医学部の定員増によって医師の供給は増し、人口の減少によって医師の需要は減る……需給は急速に均衡に向かうことが予想されてきており、同分科会の示す考え方に則れば、2024年現在はまさにその直前にあるということになるのだ。
なぜ効果が出ないのか?
だとすれば、「医師が余る」ことへの対策はシンプルであるはずだ。 医師数の増加をもう一度、抑える方向に舵を切り直したうえで、引き続き、偏在対策を進める。一方で、そもそも医師需給分科会が6年以上、40回も、明確な道筋をつけられないまま続いたこと、臨時定員増がいまだに延長を重ねていることなどからも、この問題が簡単には解決できないことがわかる。 2022年1月の第40回医師需給分科会で、座長の片峰茂氏は「医学部定員の適正化の道筋をつけることが達成できなかったのは、座長として忸怩たる思い」と振り返っている。 そもそも、医療業界には医師受給を巡り、さまざまな立場がある。 たとえば、2016年9月の厚労省の社会保障審議会(医療部会)では、医師数の増加について、日本医師会は反対、病院団体は賛成した。医師会は開業医の利益団体で、医師数の増加が競合の増加につながる一方、病院団体はミクロの医師不足の影響を大きく受けるため、働き手の増加は歓迎するという構図だ。 それぞれの立場の利害が絡むことで、医師数の増加すら、今のところは抑えられていないとも見られる。特にコロナ禍では、自治体の首長が「医師数の増加の抑制」に忌避感を示すシーンもあった。これも、ミクロの医師不足を反映したものだろう。 偏在対策としては、医学部入学時に特定の地域や診療科で診療することを条件とした定員を設け、それを破れば奨学金などの返済義務を負わせる、いわゆる「地域枠」のシステムがある。また、臨床研修においては、都道府県別に臨床研修医の採用上限数を設けることで、研修医が大都市に集中することを回避するシステム、さらに専門医研修でも、都道府県別・診療科別に採用上限数が設けられ(シーリング)、それを超えた場合は医師不足地域などに回るシステムもある。 要するに、何かしらの縛りを設けて、医師の働く場所を制限しているというわけだ。これらは効果がないわけではないが、偏在の解消には至っていないからこそ、「医師不足」が叫ばれてしまうともいえる。 いずれにせよ、予測されている「医師が余る」という事態は、避けなければならないだろう。医師数の増加を抑制するのはいつになるのか。そして、職業選択の自由がある中で、偏在解消のための縛りをより厳しくすることは実際にありうるのか。いざというとき安心して病院にかかるためにも、もはや他人事ではない。 <参考文献> “令和7年度医学部臨時定員に係る方針について”|厚生労働省,第13回地域医療構想及び医師確保計画に関するワーキンググループ,2023年11月9日 https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001165498.pdf “第47回医療部会”|厚生労働省,社会保障審議会(医療部会),2016年9月14日 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000149697.html 文/あまのなお