420年前清正の恩に報い 秀吉祭る豊国神社(名古屋)が熊本加藤神社を支援
愛知県名古屋市の豊国神社は、熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城内にある加藤神社(熊本市中央区)の復興支援を始めた。 参拝の証である御朱印を新しく作り、授与の礼として参拝者から納められる謝礼・初穂料(1枚500円)を寄付する活動を行っている。活動開始の4月23日以降、3363枚分にあたる168万1500円が集まった。 この支援の背景には、両神社の祭神にまつわる400年以上のご縁があった。
親戚関係の豊臣秀吉と加藤清正祭る 「地震加藤」の420年後 秀吉が恩返し
豊国神社は、戦国武将の豊臣秀吉(1537~98年)の生誕地である名古屋市中村区にあり、秀吉を祭る。 加藤神社は、秀吉と親戚関係があり、後に熊本藩の藩主を務めて熊本城を築城した、加藤清正(1562~1611年)が祭神。 清正は豊国神社にも祭られている。 1596年に京都・伏見地方を襲った慶長伏見地震の際、倒壊した伏見城にいた秀吉のもとに、一番に駆け付けたのが清正とされている。 その逸話は歌舞伎などの演目「地震加藤」として伝えられている。それから420年後の今年、熊本地震で被災した清正ゆかりの地を、秀吉側が支援することになった。 豊国神社の近藤一夫宮司(53)は「420年がたったが、伏見地震の時の恩返しになる」と語る。
清正を大河ドラマに 誘致で交流 宮司ならではの思いから支援へ
両神社は、清正を主人公にしたNHK大河ドラマの誘致活動をきっかけに、1年前から交流を深めていた。 4月14日の熊本地震の前震以降、近藤宮司は、加藤神社の湯田崇弘宮司(44)にメールで連絡をとり、湯田宮司や神社関係者の無事を確認。 一方で加藤神社では手水舎が傾き、石垣が崩れ、拝殿にもひびが入った。 全体の修復費用は数千万円に上る。 近藤宮司は「宮司は神社を運営する立場であるから、修復費用の工面をしなくてはならず、大変だろう」と湯田宮司を思いやり、御朱印による寄付活動を思いついた。 近藤宮司は、地震の数日後には印「清正公社」を用意。 和紙に金色の墨で「尾張中村 清正公」と一枚一枚手書きし、哀悼の意を込めた紫色で印を押して新しい御朱印を完成させた。 この支援活動を知った地元の人たちも金色の墨を寄贈するなど、支援の輪が広がった。