特殊なeスポーツ観戦文化を育んだ『RAGE Shadowverse』の功績と、これから目指すべきもの
これから『RAGE Shadowverse』やプロシーンはどうなるのだろうか――。 【写真】独特の観戦文化を育んだ『RAGE Shadowverse』の盛り上がり 現行『Shadowverse』での最後の『RAGE Shadowverse』となる『RAGE Shadowverse 2024 Summer GRAND FINALS』が、6月16日に開催された。 これまで『Shadowverse』に関わった声優陣、タレント、YouTuberが会場に集結。まさに8年間の集大成のようなイベントになり、過去最大級の盛り上がりとなった。一方、同イベント内で『Shadowverse: Worlds Beyond』のリリース延期(2024年夏リリース予定から2025年春に変更)が発表された。 RAGE Shadowverseの総括、および今後の展望について筆者の見解を書く。 ■「RAGE Shadowverse」の功績 RAGE Shadowverseは、国内でも稀有な「誰でも参加できる賞金制eスポーツ」だった。 参加費が無料であるにも関わらず、優勝賞金が1,000万円と高額であり、その副賞で出られる世界大会の優勝賞金は1億円を超えていた。年4回のチャンスがあり、国内のeスポーツタイトルを見渡しても、これほど高額な賞金制大会が定期開催されているのは珍しい。 また、スマホで手軽にプレイでき、参加費無料、参加資格は無いので、数あるeスポーツの中でも、突出して賞金との距離が近く、Z世代たちのeスポーツの入り口となっていた。国内のeスポーツ文化の発展に大きく寄与したといえるだろう。 ■「RAGE Shadowverse」の観戦文化 RAGE Shadowverseの観戦文化は、一般的なeスポーツとは異なり、観客は「まだ有名ではない一般プレイヤー」や「昨日まで一緒に練習していた仲間」を応援することが多い。これは昨今のeスポーツ観戦では一般的な「有名プロゲーマーを応援する」「有名ストリーマーを応援する」とは対極である。「ハイレベルな戦いを見たい」「推しの選手を見たい」という個人の欲求というよりも「いま一番シャドバが強い8人の戦いを見守る」という、コミュニティ全体の集団意識のようなものがある。 RAGE Shadowverseの功績は、プロゲーマーやストリーマー、インフルエンサーの影響力に依存せず、コミュニティから湧き出るパワーを原動力として観戦イベントを成立させたことだろう。通常、そういったゲームコミュニティの醸成には、格闘ゲーム界隈のように長い歴史を要するが、RAGE Shadowverseはその観戦文化をたった8年で築き上げたのである。 ■今後のプロシーン/プロ兼ストリーマーという形式の未来像 この界隈に慣れ親しんだ私たちからすると、「プロゲーマーの活動内容に個人の配信活動も含める」という考え方に何の疑問も持たないが、世間一般の“プロ”のイメージになぞらえると「プロゲーマーなのに、一般のゲーム配信者と同じことをしないと生きいけない」というのは、業界全体の課題であるように思えてくる。 『Shadowverse』のプロリーグは、その課題に正面から向き合ったeスポーツだった。 2018年から2021年までの『Shadowverse』プロリーグでは、各選手に月額30万円の固定給が支払われていた。賞金や配信活動に頼らずとも「食っていける」状況が用意された。 結果的に、この固定給の制度は頓挫し、最低額保証の撤廃、成績によるインセンティブ支給という形になった。来季からのプロリーグについても、チーム数の削減が発表されている。プロゲーマーを配信業から解放する仕組みへの挑戦は前途多難だ。 これから『Shadowverse』のプロリーグが目指す、「プロゲーマーのあるべき姿」はどうなっていくのか、注目である。 ■Worlds Beyondでさらなる盛り上がりを作るためには 今後、RAGE Shadowverseがさらに盛り上がるためには何が必要なのか。『Shadowverse: Worlds Beyond』のリリース延期、およびそれに伴い発表された情報を踏まえつつ、考えてみよう。 ■「延期」をポジティブに転換できるか リリースの延期に伴い、代替となるイベントの開催が発表された。まず、RAGE Shadowverseの代わりとなるオープン型イベントとして、現行アプリでの賞金制チーム大会が実施される。 新しいシャドバで遊べないのは残念だが、これはこれで「自分たちの慣れ親しんだ環境で、賞金を狙える期間が1年延長された」と考えれば、古参勢やガチ勢にとっては、悪い話ではないのかもしれない。 カード追加による環境変化がなく、これまで培ってきた基礎や知識が試される戦いになるのだとすると、この1年は『Shadowverse』史上で最も実力が発揮される期間であり、8年間の集大成となる戦いといえるだろう。 また、『Shadowverse: Worlds Beyond』のリリースまで活動が保留になる、プロリーグについても、公式のファンミーティングイベント(のようなもの)が用意されているとのこと。長めのオフシーズンが来たと考えると、いま以上に「選手とファンの交流の機会」が設けられる可能性がある。プロリーグのファンにとって、過去最大級に選手と絡める、うれしい1年間になるかもしれない。 新生プロリーグの盛り上がりについては、チーム数の取捨選択による「選択と集中」がうまく機能することを祈るしかない。オフシーズンでの交流施策の成果がプロリーグの開幕とともに花開くはずだ。 ■“共同性”と“公共性”の両立 このタイミングで『Shadowverse』が新アプリに移行するのは「新規ユーザーを取り入れたい」という狙いがあると考えて間違いない。 8年の積み重ねにより、シャドバ界隈には強固なコミュニティ(共同体)が形成されているものの、カードゲームというジャンルの特性上、ニッチな界隈になってしまっている側面もある。すなわち、8年間で“共同性”は獲得したが、“公共性”にはなおも課題がある。 「さらなる盛り上がりを作る」ためには、既存の“共同性”を維持したまま、新規を取り入れるための“公共性”を獲得しなければならないだろう。すでに発表されている『Shadowverse: Worlds Beyond』の追加要素、麻雀、釣りなどの娯楽も“公共性”の獲得が狙いと思われる。 “公共性”の獲得という点において、追加要素のなかでも特に強烈なのが(公式では「ワールド機能」と称される)MMOやメタバースの要素である。どの程度の規模感で開発されているか未知数だが、おまけ的な位置づけではなく、重厚なプラットフォームとしての運用も視野に入れている可能性もある。 だとしたら、『Shadowverse: Worlds Beyond』は、同社にとっても「デジタルカードゲームの枠組みを超えた」、極めて挑戦的な取り組みになるだろう。 「最高のコンテンツを作る会社」をビジョンとして掲げるCygames社が「最高のプラットフォームを作る会社」に“超進化”しようとしているのかもしれない。
小川翔太