結成40周年! PERSONZインタビュー「自分たちはホールでもう一度全部がみせられるライブをやりたい」
1984年の結成以来、バンド・ブームの中で常にセールス、ライブ動員で脅威的な人気を誇った4人組ロック・バンド、PERSONZ。オリジナル・メンバーで40周年を迎え、約9年ぶりのフル・アルバム『40th FLOWERS』を6月19日にリリースする彼らが全国9カ所を回るツアーを敢行。今の意気込みをメンバーに聞いたスペシャル・インタビューをお届けします。 【全ての写真】結成40周年を迎えるPERSONZ ――オリジナル・メンバーで40年間、ロック・バンドを継続することは非常に貴重なことだと思うのですが、40周年を迎える今の想いをお聞かせください。 JILL(Vo) まわりをみればバンドで40年はいないかなと思う。でも気が付いたら40年だったっていうこと。目指してきた訳でもないし。84年にこの4人になって、プロになれるかなっていう気持ちを持った瞬間があったので。そこから思えば40年、家族や友達より長い年月を一緒にシェアしているのはすごいなと思います。 ――本田さんはいったん脱退された時期もあったと思いますが……。 JILL 出向です(笑)。人材派遣でちょっといなかった(笑)。 本田毅(Gt) 本当に偶然というか、積み重なりで集まったと思うんですけど。音楽的におもしろいメンバーが絶妙のバランスで集まったのがすごかったんだなって。そのバランスの良さで今もやれていると思います。 藤田勉(Ds) もうPERSONZをやってない自分っていうのはまったく想像できなくなってるんです。それぞれがPERSONZを続けようと決断するタイミングがある訳ですよ。やっぱり各自がやっている意義を確認している。だから続けられているんじゃないかと思いますね。 ――40周年にニュー・アルバムを9年ぶりにリリースし、少し前にアコースティック・ツアーを開催し、今度はバント・ツアーも敢行しますね。 JILL 自分たちがバンドを組んだ頃は状況がすごく良くて、バンド・ブームもあったし、好景気だった。それはずっと続くんだと思っていた若者だったから。その先にそんないろんなことがあるとは思ってなかった。最初に神戸の地震があって災害を初めて意識して、3.11の震災とコロナはバンドには大きく影響していますよね。震災のときはまだ全国の中で温度差があったけどコロナに関しては全世界だから太刀打ちできない。気が付いたら3年も経ってしまっているという状況の中で、アーティストや芸術家ってパンデミックとか何かあるとそれを機にいろいろ考えるんですね。音楽って何のためにあるのかなとか。ツアーが延期になったり中止になったりして負けてたまるかっていうのはすごくあるから、それを乗り越えてきてやっぱアルバムがなきゃ駄目でしょって。最初、ミニ・アルバムの予定だったんですけど、やっぱり40周年だったら作っていこうというのは全員で共有した気持ち。ツアーも組んだし、今まで貯めていたものが、今出る時期みたいな気がします。 ――曲を作るうえで、困難を乗り越えてまた新たなものを生み出すときに感じたことは。 渡邉貢(Ba) 久しぶりに自分に向かうような作業を本当に何年かぶりにやって、直接どういう影響があるかわからないですけど、コロナを経験して、リスナーの方を以前よりすごく意識するようになりましたね。お客さんにもドラマが一人ひとりにあって、その中に僕らの音楽もちゃんと存在していると感じるようになりました。曲を仕上げるうえで今回はちょっと今までとやり方を変えて、曲を作るときにデモテープを作るんですけど、通常だとドラムが入った状態で、JILLさんにまず聴いてもらって歌詞を作って。それから藤田くんに渡してドラムを入れてもらって、それから僕がベースを弾いて本田さんに渡すというのが多かったんです。今回は敢えてデモテープの段階からドラムを入れないで曲を作ったんですよ。和音とメロディーだけの状態で藤田くんに渡して、リズム・アレンジができたところでJILLさんに聴いてもらうというイレギュラーな方法で。曲を渡した段階で藤田くんから「このBメロは直した方がいい」とか「サビのここはもう少しこうした方がいい」とかアドバイスがあって、1回戻してもらって、またそのメロディーを作り直して、また戻すみたいな作業をしてみたんです、初めて。 JILL 今までの過去のアルバムとは、スタジオに入ってみんなでやっていくっていうのとはまったく違う。それができちゃうって凄いなって。テクノロジーというか、その最初のリズム取りを全員でスタジオに入ってやってないんですよ。藤田くんは自分でプログラミングしている。そこはもう売りにしていいんじゃないかなと思って今言ってるんですけど(笑)。本来ならドラム叩きたいと思うんだけど、これだけ特異な作り方をしていてもひとつのバンド・サウンドになっているので。 藤田 ドラムの比重というよりも、曲作りの根っこの部分にすごくコミットしてる。渡邉くんの原案をもらって、やり取りをして膨らましながら、正解のドラム・パターンを見つけていくという作り方です。 JILL デビューした当時はバジェットもすごくあったし、作り方がどんどん変わってこなきゃならなくなるんですよ。今やもうメーカーも事務所もない状態というか、自分たちでセルフ・プロデュースしている訳だから、前よりいろんなことを考えて作らなきゃならなくなる。 渡邉 僕たちデビュー当時からプロデューサーはついてなかったんですよ。僕らはいつも4人で遠回りをしてる感じは当時からあった。つまり誰かが決定してくれるのではなくて、4人で納得するまでやるところがあったんで、もしかしたら今になって少し役に立ってるのかな。