山田尚子監督が『きみの色』に込めた“希望の光”とアニメーション監督としての“これから”
『映画けいおん!』(11)や『映画 聲の形』(16)、『リズと青い鳥』(18)など、些細な心の揺れ動きまでを豊かな映像表現で描き、世界が注目するアニメーション監督の1人となった山田尚子。最新作となる完全オリジナル長編アニメーション映画『きみの色』(公開中)が、いよいよスクリーンに登場する。思春期を悩みながら、ひたむきに生きる少年少女を映しだした本作は、観客も主人公たちが目にしている色、聴いている音を共有して、胸にあたたかな光が灯るような1作として完成している。「自分自身に欠けているもの、憧れているものを描いている」という山田監督が、アニメーションに感じている無限の可能性や、“変わる勇気”を持って一歩踏み出していくキャラクターに込めた想い。そして「ずっと作品をつくり続けていきたい」という、いまの胸の内を語った。 【写真を見る】山田尚子監督が語る、ものづくりの楽しさ「自分では想像もしていなかったものが見られる」 ■「人や生きていくことを肯定していけるような作品を目指していました」 本作は、“音楽×青春”をテーマとした山田監督の最新作。人が“色”で見える高校生のトツ子(声:鈴川紗由)が、ある日同じ学校に通っていた少女・きみ(声:高石あかり)と、音楽好きの少年・ルイ(声:木戸大聖)と出会い、音楽を通して心を通わせていく姿を描く。 山田監督にとって『リズと青い鳥』以来、6年ぶりの長編映画。どのような意気込みで、完全オリジナル作品に臨んだのだろうか。「世の中、悩みを抱えている人も多いし、窮屈なこともたくさんある。そういったものが少しでも解放されるような映画になれば」と願いを込めた山田監督。主人公となるトツ子、きみ、ルイについて「とても優しくて、繊細で、それぞれ心のなかに悩みや秘密を持っている子たち」と分析しつつ、「それでいて、そういった悩みや状況を誰かのせいにしない人たちを描きたいなと。自分でなんとかしようと思ってしまっている人たちがお互いに支え合うような、人が人を大切に想う目線を肯定的に描きたいなと感じていました。ネガティブな部分も内包しながら、人や生きていくことを肯定していけるような作品を目指していました」とスタート地点を振り返る。 脚本を手掛けたのは、「けいおん!」シリーズ以降、山田監督と幾度もタッグを組んできた吉田玲子。山田監督は「とにかく、私自身も吉田さんの書く文章を読みたくて。吉田さんはちょっとした会話劇でも、こちらが想像もつかないハッとするような観点によって紐解いてくださる。吉田さんの書いたものを映像にする快楽は、とても大きなものです」とふわりと微笑みながら、並々ならぬ信頼を寄せる。 「この人はきれいな色をしている」「楽しい色をしている」「穏やかな色だ」といったように、人の色は見えるのに、自分の色はわからないトツ子。勝手に退学したことを、同居する祖母に打ち明けられないきみ。母親から将来を期待されながらも、隠れて音楽活動をしているルイ。山田監督の言葉通り、それぞれの悩みを持った3人が優しさを持ち寄りながら、距離を近づけていく。キャラクター、そして彼女たちが生きる世界も、ため息が出るほど美麗な色彩によって描かれているが、山田監督がイメージしたのは「印象派の絵画のような感じ」だと話す。 「印象派の絵画って、光を分解して描くことで、遠くから見るとある色に見えるようになっていて。そういった表現ができればいいなと思っていました」とまさに絵画のような美しさを目にできる。色を決めていくうえでテーマとなったのは「光として描くこと」で、「原色理論には、“色の三原色”と“光の三原色”というものがありますが、今回は“光の三原色”に焦点を当てて描いています」という。光の三原色とは、赤、緑、青の3色のこと。この3つを混ぜることで様々な色を作ることができるが、山田監督は「“光の三原色”に合わせて、どのキャラクターにどの色を当てはめようかといろいろと考えました。“光の三原色”って、真ん中が真っ白なんです。どんな色があっても、混ざり合うと白になる。彼女たちのように、とても無限だなという気がしました」と3人のキャラクターや関係性、果てしなく広がる未来までを色に乗せて表現している。 ■「生き生きとしたキャラクターを描くうえで欠かせないのは、愛情」 ひょんなことからバンドを組むことになった3人は、離島の古教会で練習に励み、学園祭で初めてのライブを敢行する。一つのことに一緒に打ち込みながら、音を重ねる高揚感をたくさん味わっていくトツ子たちを見ていると、こちらまで心が弾んでくるよう。これまでにも山田監督は、「けいおん!」シリーズや『リズと青い鳥』など、音と映像、キャラクターの感情が溶け合った名作を生みだしてきた。そんななか、本作における音の特徴について「3人は自分たちでオリジナルの曲を作って、その音楽を奏でていきます。だからこそ、その曲には彼女たちの夢や憧れ、反省などいろいろなものが詰まっていて、音楽自体が彼女たちの化身のようになっています」と説明。「また3人はまだ知り合って間もないので、お互いの趣味もよく知らなかったりして。全然違う雰囲気の曲を作ってきたりする。それを音楽に一番詳しいルイくんがまとめてくれたりと、そういったところもおもしろいと思います」と目尻を下げる。 音楽を担当したのは、『映画 聲の形』や「チェンソーマン」などの牛尾憲輔。劇中でトツ子が「きみちゃんの色を音にしたい!」とやる気を持って作る楽曲「水金地火木土天アーメン」は、彼女の天真爛漫さと、大好きな友人と出会ったワクワク感の詰まった1曲となった。「こんなに楽しい音楽が牛尾さんから出てくるとは(笑)」と同曲の印象を口にした山田監督は、「牛尾さんの楽曲はダークなものや静かなもの、一方で破壊的な印象があるものも多いので、『水金地火木土天アーメン』のようにポップでキャッチーな音楽をいただいた時は驚きました。トツ子が、牛尾さんに宿ったのかなと思います」と楽しそう。 また繊細な表現を積み重ねることで、何気ない日常を生きる人々の魅力があふれ出してくる点も、山田監督作品の真骨頂。本作でも、バレエ経験者のトツ子の脚が少し外向きだったり、ギターの練習をしているきみの手元、テルミンを弾くルイの仕草など、キャラクターの頭からつま先まで命が宿っている。さらにトツ子ときみが一つのイヤホンを右と左でわけて音楽を聴いたり、トツ子ときみに会えた喜びでルイの足取りが軽くなったりと、彼らの性格や、仲良くなっていく様子がちょっとした行動からも伝わってくる。 気配や体温まで感じられるような、生っぽいキャラクターを生み出す秘訣を尋ねてみると「私は根暗なので、よく人を観察していて。いま(取材時)も実は、周りの人をこっそり観察しています」とニッコリ。 まっすぐな心を持ったトツ子を例にするならば、「トツ子は、視線が上向きの軌道になることを大切にして描いています。少し夢みがちな目線をしていて、そこに彼女の幸せや憧れが宿るといいなと思っていました」とこだわりを吐露。「キャラクターデザインと作画監督を担当してくださった、小島(崇史)さんの愛によるものも大きいです。まったく照れずに、女の子たちに向き合ってくださった。照れ隠しのように『僕は男だし、女の子のことはわからないよ』と言いながらも、ものすごく肯定的に彼女たちを受け入れてくださって、ルイくんも含め、あの3人をとても愛情深く描いてくれました」と感謝しきりだ。「皆さんがトツ子を降臨させながら、作品に向き合ってくれた。やっぱり作品をつくっていくうえで欠かせないのは、愛情なのかなと思います」と実感を込めながら、「ものづくりをやっていて楽しいのは、自分では想像もしていなかったものが見られたりする瞬間なのかなといつも感じています。いろいろな人の感覚を覗き見できることは、たまらなく楽しいことです」と熱っぽく語る。 ■「吉田玲子さんが、『手放す勇気も大事だよ』といつも教えてくれる」 劇中では、ルイが「僕たちは“好き”と秘密を共有しているんだ」とトツ子&きみと過ごす時間の特別さを噛み締める瞬間がある。観客にとっても、独創的な映像表現を介して、登場人物たちの生きる世界や味わう感覚を共有できることは、アニメーションならではの醍醐味だろう。トツ子が恋に落ちている人を目の当たりにするシーンも圧巻で、「トツ子にはこんな色が見えているのか」と胸を鷲づかみにされること必至だ。 同シーンに込めたのは、「まだ恋というものを経験していないトツ子にとって、めまいがするような色が見えたのではないかと考えました。言葉として認知できていないものを表現したいなと思っていました」と明かす山田監督にとって、いま感じているアニメーションに取り組むおもしろさは「いい意味での嘘をつけること」だという。「なんでも描けるし、なんでも作れるし、どんな色にしてもいい。自由自在、変幻自在というところが魅力的だと思っています。これからもまだまだ勉強していきたいし、いろいろな表現に出会いたいと思っています」と限りない可能性にチャレンジしている。 軽音部の面々の卒業旅行を見つめた『映画けいおん!』、ガキ大将だった少年と聴覚障害のある少女の心の交流をつづった『映画 聲の形』、進路と選択によって巻き起こる高校生の葛藤を映しだした『たまこラブストーリー』(14)や『リズと青い鳥』など、山田監督の作品からは、あらゆる変化に戸惑いながらも、一歩踏みだそうとする人たちの美しさが滲み出ている。 幼少期について「ホラー漫画が好きで、お化けなどに『かわいい』と胸がときめくような子どもでした。光あふれるものよりも、じっとりしたものに惹かれていました」と笑いながら回想した山田監督だが、希望や温かさを感じる作風の原点について「おそらく、自分に欠けているものや、憧れているものを描いている気がします」と告白。「私は変化を受け入れたり、手に入れたものを手放す勇気をなかなか持てないところがあって。『手放さないよ』とネバネバした手で沼に引きずり込もうとしてしまう。(鎧塚)みぞれの気持ちがわかりすぎる」と『リズと青い鳥』の登場人物と重ね合わせながら微笑みつつ、「いろいろなものを手放せないでいる私に、吉田玲子さんが『手放す勇気も大事だよ』といつも教えてくれるような気がしています。私はずっと、吉田さんに背中を押されている」と励まされながら、作品づくりに挑んでいるという。 音楽を担当した牛尾は、山田監督について「泥のなかを七転八倒するようにものづくりをする方」だと話している。七転八倒しながらも作品に向かう原動力とは、一体どのようなものなのだろうか。 「私はすごく人を信じるタイプなので」と切りだした山田監督は、「とにかくスタッフの方々に信頼を置いて、作品に取り組んでいます。スタッフの皆さんが経験やアイデアを持ち寄って前のめりになって作品に向き合ってくださる姿をみては自分も頑張らねば!と気持ちを引き締めていました」としみじみ。トツ子たちが音楽によってつながっていくのと同様に、たくさんの愛情を持ち寄りながら、作品を通していろいろな人とつながれることが自身にとって大きな喜びとなっている。 続けて「作品づくりは、人について思慮深く考えるきっかけにもなっています」とも。「作品づくりを通して、過去の後悔を少しでも昇華していける道があるのかもしれない。登場人物からいろいろなものの見方を教えてもらいながら、自分も少しずつ豊かな心を作っていけたらいいなと思います。なんだか修行のようですが、この先も作品をずっとつくり続けていきたい。続けていけるように頑張ります」と柔らかな笑顔を浮かべながら、決意を握りしめる。誠実さと愛情がたっぷりと注がれているからこそ、山田監督の作品はまぶしいほどにきらめいているのだろう。 取材・文/成田おり枝 ※高石あかりの「高」は、「はしごだか」が正式表記