福井中学生殺人事件で名古屋高裁金沢支部が再審決定 検察の「不誠実」断罪
「ありがとうございました。これからも続きますんで。今日は一つの区切りになります」 拍手と歓声の中、裁判所から両手を突き上げて現れた長身の男性が21歳の時に逮捕されてから37年の月日が経過していた。 1986年3月に福井市の市営住宅で当時15歳(中学3年生)の女子生徒を包丁で刺殺したとされ翌年3月に逮捕。懲役7年の判決が確定して満期服役した前川彰司さん(59歳)が起こした第2次再審請求で、名古屋高裁金沢支部(山田耕司裁判長)は10月23日、「知人供述に警察の誘導の疑いがある」として再審開始を決定した。 この事件では物証がなく、前川さんと同世代の遊び仲間6人の証言だけが立件の根拠だった。一審の福井地裁判決(90年9月)は証言の信用性を否定して無罪としたが、検察控訴後に仲間らが証言を覆し、二審の名古屋高裁金沢支部判決(95年2月)は有罪(シンナー吸引による心神耗弱での犯行として求刑の懲役13年より減刑)。97年11月に最高裁で確定した。 前川さんによる第1次再審請求では2011年11月に前記金沢支部が再審開始を決めたが、検察の異議申し立てを受けた同高裁の本庁が13年3月にこれを取り消し、原告側の特別抗告も14年12月には最高裁で退けられていた。 原審で前川さんが犯人だと証言した1人は「事件の夜に当時のテレビ番組『夜のヒットスタジオ』でタレントのアン・ルイスと吉川晃司が卑猥な会話をしていた」としていた。だが実際には同番組の放送は事件当日より後だったことが判明。警察や検察はその事実を知りながら隠していた。再審請求での裁判所による証拠開示の勧告を受けた検察は、それらの経緯が書かれた福井県警の捜査報告書を提出。今回の決定で山田裁判長は「公益の代表者としてあるまじき、不誠実で罪深い不正だ」などと、当時の検察官を厳しく断罪した。
仲間の供述「警察が誘導」
なお今回の決定では、同様に原審での別の仲間の1人による「前川さんと現場付近に行き、彼の服や手に血がついているのを見た」との証言についても信用性を否定。引き当て捜査で前川さんは犯行を認めたとされる件でも警察の誘導があったとした。また、さらに別の仲間は当時自身が覚醒剤事件で取り調べを受けており、決定はこれらについて「供述を取引材料に自らの減刑や保釈などの利益を図ろうとする態度が顕著」であり「確定判決はこうした危険性に注意を払わなかった」と指弾した。 吉村悟弁護団長によれば、「番組放送日の違いを検察が知ったのは一審の途中」だという。しかしそれは強制捜査権がなくとも調べられるほか、当初の弁護人が確認すれば簡単にわかった話だ。 雪冤がはたせぬうちに前川さんの母、真智子さんは亡くなった。筆者が十数年前に福井市の居酒屋で取材した父親の礼三さん(福井市役所OB)は現在91歳で高齢者施設にいる。前川さんが今回「再審開始だよ」と送ったメールを見た礼三さんは涙を流したという。 記者会見で前川さんは「冤罪に苦しむ人は大勢いますが、簡単に再審にはなりません。弁護士さんや支援者のみなさんのおかげで、私は再審を勝ちとることができました。これに浮かれることなく、闘いはまだまだ続きます」と報告。嘘の証言をした仲間について問われると「腹は立ちますが、仕返しはしませんので」と答えた。 冤罪被害者として西山美香さん(湖東記念病院事件)とともに会見に駆けつけた青木惠子さん(東住吉事件)は発言し、「布川事件の桜井(昌司)さん=昨年8月逝去=にこの場にいてほしかった」と声を詰まらせた。袴田巖さんの姉、ひで子さん(91歳)はビデオメッセージで「前川さんとは長年の付き合い。大変喜んでいます。これで波に乗って再審開始が続くことを祈っています」と祝福した。 供述調書と同様、捜査官が作る参考人調書を証拠と呼ぶ司法界はおかしい。その危険性が顕著に現れた事件だった。検察は期限の10月28日、再審決定への異議申し立てを断念すると公表した。
粟野仁雄・ジャーナリスト