「邦画は新鋭や若手監督の当たり年」評論家・芝山幹郎と森直人が選んだ「2024年のベスト映画」
2024年に公開された映画の中で、特に心に残った作品は何か。評論家・翻訳家の芝山幹郎氏と、映画評論家の森直人氏が語り合った。 【画像】二人の評価が一致した「2024年のベスト映画」 ◆◆◆ 芝山 アカデミー賞で4部門を受賞した『哀れなるものたち』は、濃密な傑作でした。ベスト10に入れた他の映画とは傾向が異なります。 森 他の作品の多くは比較的低予算で、ミニマムな設計。でも、これだけは完全にゴージャスな構築型。 芝山 自ら命を絶った妊婦ベラ(エマ・ストーン)が、天才外科医によって胎内の我が子の脳を移植され蘇生する。最初は赤子同然だったベラが世界各地を旅しながら、強靭で知恵の豊かな女性へと成長していく冒険物語です。ベラが訪れるリスボンやパリなどはどこもカラフルな迷宮ですが、それが全部セットです。 森 製作時期がコロナ禍と重なったせいか、今年は大作よりミニマムな作りの映画に秀作が多かった。その中で全編凝りに凝ったセットだったのは見事な逆転の発想です。 芝山 男女の性を超越して、根源的な自由を求めていく血湧き肉躍る冒険譚というか、荒行や武者修行に近いと思いました。エマ・ストーンの勇猛果敢な演技もパワフル。 森 この作品を見たあと、アラスター・グレイの原作『哀れなるものたち』も読んだんです。 芝山 私も読んだけど、映画のほうがよかった。視覚に訴えてくる。 森 ただ、あの原作が土台になっているのは大きいと思います。監督のヨルゴス・ランティモスはギリシャ出身ですが、前作『女王陛下のお気に入り』は18世紀英国の宮廷が舞台。英国モノと相性がいい。 芝山 たしかに。『哀れなるものたち』にも、『ガリバー旅行記』や『トム・ジョウンズ』のような18世紀英国文学の精神が溢れている。荒唐無稽な奇想を用いて、世界を輪切りにしようとする発想が図太い。 森 アラスター・グレイもそれらの奇想天外な一代記や旅行記の系譜を踏まえて原作を書いていて、その土台の上でギリシャの鬼才が映画を撮ったら、とんでもない作品が出来てしまった。 芝山 女性が解放され自立していく物語だから、下手を打てば説教臭くなるところですが、そうなっていない。目も耳も楽しませてくれる。 森 フェミニズム的観点からの評価も高いですが、ポリコレ優等生ではない。古典的にして最新鋭。それとランティモスは予算が付くほど良い作品を生み出す監督だなと(笑)。 芝山 大舞台になるほど力を発揮する大谷翔平タイプかな(笑)。