『君が心をくれたから』永野芽郁が体現する雨の変化と成長 五感を失う中で得たもの
雨(永野芽郁)が視覚を失ってしまうまでのタイムリミットが刻一刻と近づいている『君が心をくれたから』(フジテレビ系)。雨が五感をなくしていく様子を見ると、どうしても五感をなくすこととはどういうことなんだろうと考えてしまう。その度に、具体的に想像がつかず、雨の背負っているものの重さを実感する。雨も「なんのために生きるんだろう」と考えた時期がある。本稿では、失うばかりに見えてしまう雨が“過酷な奇跡”の中で、逆に得たものを考えてみたい。 【写真】『君が心をくれたから』案内人を演じる斎藤工&松本若菜 皮肉にも雨が感覚を失いはじめてから改善したのが、家族との関係である。雨が味覚と嗅覚を失った頃、祖母の雪乃(余貴美子)が余命わずかであることが分かったこともあり、雨は自分と祖母と太陽(山田裕貴)、そしてずっと疎遠だった母の霞美(真飛聖)と共に家族旅行に行くことに。雨は母から虐待を受けていたことがあったためか、旅行中も母となかなか打ち解けられずにいた。2人はふと訪れた海岸で、じゃんけんをし、勝った方が負けた方に質問をするという“遊び”を始めた。 霞美の質問が「好きな色は?」など当たり障りのないものであるのに対し、雨は「お父さんはどんな人?」「なんで『雨』って名前にしたの?」など、長年、聞きたかったけど聞けなかった質問をぶつけていった。こんな質問が飛びだしたのは、雨がいずれ自分は五感を失うのだと思っていたからではないだろうか。 聴覚や視覚を失ってしまえば、コミュニケーションが難しくなるだけではなく、今以上に目の前の人の微妙な変化を感じ取ることができなくなってしまう。だから聞きにくかった“深い質問”をするなら今なのだ。もちろん、霞美は雨のそんな事情を知らない。そのため自然と聞こえのいい言葉で逃げようとすることもあったが、雨はそれを許さなかった。そんな真剣なやり取りを経て、雨と霞美は少しずつ分かり合えるようになり、互いを大切にする気持ちを取り戻していったのである。 感覚がなくなるのを待つ日々を過ごすにつれ、雨の、次第に人を信じる力も強くなっていったように思う。もともと雨が長崎に帰ってきた理由は、憧れのパティシエの仕事でパワハラのようなことをされ、自信をなくし、働くことが出来なくなってしまったからだ。長崎に帰ってきた当初、雨はよく上司からドヤされたことを思い出し、フラッシュバックに悩まされていた。 自分に自信がないと「こんな自分が人に何かをお願いするなんて……」と考えてしまい、うまく人を頼れなくなってしまうだけではなく、人に対して壁も作ってしまう。だが雨は五感を失っていく過程で、人に頼らなければ感覚を失ってまで生きることは出来ないことを自覚したのだろう。 五感を失うことはむやみやたらに話せることではないが、雨は自分と太陽に特別な事情があることを知る人を少しずつ増やしていった。特に司(白洲迅)の事は信頼しており、太陽との婚姻届の保証人になってもらっただけでなく、実はこの届けを出すつもりがないこととその理由もしっかり伝えている。もう雨には、過去の出来事を思い出し、震えていた頃の面影など少しも残っていない。 そして、太陽こそ、この“過酷な奇跡”を通して、雨が得た最高のパートナーだろう。そもそも事故に遭った太陽の命を救おうと、雨は案内人の日下(斎藤工)と千秋(松本若菜)が提案してきた“過酷な奇跡”を受け入れたのだ。それは、雨にとって太陽がそこまでしたいほど生きていてほしい存在であり、一緒にいたい人であったということである。 たとえば自分が九死に一生を得たとして、命が助かった裏には、にわかには信じがたい案内人の存在があることや、“過酷な奇跡”を受けた相手がこれほどまでに自分に対して重い感情を持っていることを打ち明けられたら、中にはせっかく命を救ってもらったのに、怖くなって逃げ出す人もいるだろう。でも太陽は雨から真実を打ち明けられて、ひどく動揺はしたが逃げ出すことまではしなかった。むしろ雨に対して自分が出来ること、やるべきことに力を傾け始めたのだ。 雨もずっと自身を襲う過酷さに耐えてきた。それは太陽がいつでも雨に優しくて誠実で、「こんな人のためになんでここまで……」と思わせることがなかったということを意味しているのではないだろうか。雨は太陽がいたからここまで頑張ってこれたのだ。互いを思う気持ちはそのままに、全てを失うその瞬間まで一緒にいて欲しいと思う。 五感を失うということは、真っ暗闇の中で生きるということになる。そんな中で考えるのはきっとこれまでのことだ。ならば、辛かったことや悲しかったことではなく、嬉しかったこと、楽しかったこと、幸せだったことがたくさんあればあるほどいい。太陽が作った花火を打ち上げて、雨に見せることができれば、雨にとって最高の「嬉しかったこと」になるはずだし、太陽は雨との約束を果たすことが出来る。とにかく今は太陽を全力で応援していきたい。
久保田ひかる