角野隼斗に訊く、クラシック・ミュージック事始め
クラシック音楽が、静かに熱い。Appleから、クラシックに音楽に特化したサービス「Apple Music Crassical」が新たにローンチし、裾野が広がった。学生時代に親しんだ古典からアレンジを効かせた名曲まで、なにを入り口にするとより深く楽しめるのか。改めて、クラシック音楽の楽しみ方を角野隼斗にインタビューした。 【写真を見る】クラシック音楽に最適化されたアプリとは
クラシックにはパワーがある
ピアニストであり作曲家、そして「Cateen かてぃん」の名でYouTuberとしても活躍する角野隼斗は、自らが日々触れているクラシック音楽の魅力を「圧倒的なパワー」だと語る。 「僕は小さなころにクラシックを学んで、そのあと中学、高校時代はジャズやロックに夢中になりました。そして、大学になって再びクラシックの世界に戻ったんです。そのときに改めて感じたのは、クラシックに込められた情報量の多さ。単純に曲が長いということもあるのですが、時間をかけて生み出された音楽の結晶のような圧倒的なパワーがあります。クラシックというと高尚でとっつきにくいというイメージを持っている人も少なくないと思います。でも、ものすごく豊かな才能を持った人が生み出し、多くの人の演奏によって磨かれてきた結晶がすぐに触れられるところにあるわけですから、触れてみたほうがいい。そのほうが人生は豊かに、面白くなるはずです」 ■クラシックをなにで聴くのか クラシックをちゃんと聴きたい、学びたいという人は多いだろう。だが、そう思ったとしてもどこから手をつけていいかわからない。広大な図書館で、いきなり自分が好きな本を探し出すようなものだ。 だが、この1月、そんな「とっつきにくい」クラシックの世界における心強い案内人のようなアプリが登場した。昨年ヨーロッパやアメリカで公開され大きな話題となっていた「Apple Music Classical」の日本版が提供を開始したのだ。7年以上かけて開発されたという500万曲以上の楽曲を揃えたこのクラシック音楽最大級のストリーミングカタログは、作品、作曲家、演奏家など5000万のデータポイントから検索、閲覧が可能。数千のアルバムは最高音質の「空間オーディオ」で聴くことができる。日本版のリリース前から、この「Apple Music Classical」を利用していたという角野がこのアプリの魅力を語る。 「例えば、2000人収容のコンサートホールがあったとして、その会場のどの客席に座るかによって聴こえる音が変わってきます。僕ら演奏家や指揮者は、その微差をなくすためにさまざまな努力や工夫をするのですが、物理的に完全にゼロにはできません。でも『Apple Music Classical』なら、常に最前列の最高の席で美しい音楽を聴くことができるわけです。特に空間オーディオは画期的です。オーケストラならいろんな音が最後まではっきり聴こえる。生音には生音の魅力がありますが、またそれとは違う新しいクラシックの楽しみ方を教えてくれるアプリだと思います」 500万曲以上あると、どこから手をつけていいか迷ってしまいそうだが……。 「ポップスやロックを楽しむように、まずは演奏者から入るのがわかりやすいと思います。たとえば宇多田ヒカルさんの曲が気になったとしたら、彼女のアルバムや過去の作品を聴くじゃないですか。それと同じように自分のお気に入りの演奏者、ピアニストやヴァイオリニスト、オーケストラを見つけて、その人の演奏をどんどん聴いてみる。そこからいろいろな作曲家を知ることができるし、同じ曲を弾いている別のアーティストに触れることもできる。そうやって少しずつ自分の好きなクラシックの世界を見つけていけばいいのではないでしょうか。図書館で何を探すわけでもなく歩き回りながら気になったものをピックアップして読んでみる、そんなワクワク感がこのアプリにはあると思います。」 クラシック音楽の作品はいくつかの楽章や楽曲から構成され、曲によっては異なるオーケストラや指揮者、ソリストが演奏する。こうした複雑さを踏まえ簡単に目的の曲が検索できるよう設計されている。 ■テクノロジーが古典の魅力を掘り起こす 充実した検索、閲覧機能も「Apple Music Classical」の魅力。角野はこんな楽しみ方も提案する。 「クラシックって、みんな同じ楽譜で演奏していると思っている方が多いのですが、実はそうではありません。バロックの時代は演奏者が自由に即興を加えることは当たり前でした。モーツァルトも自身の作品に即興を加えながら聴き手を常に楽しませようとしていましたし、ショパンも時に楽譜にない装飾音を付加して弾くこともありました。ショパンは、弟子に自分の曲をレッスンする度に違う音符を書き加えていたそうです。クラシックというとガチガチに固められて楽譜通りに演奏するというイメージですが、実はそういう即興性も持っている。もちろん楽譜に対する演奏者の解釈やそれぞれの演奏の個性もある。だから、ひとつの曲を選んで、いろいろな演奏を聴いてみるのも面白いと思います。そんなマニアックな楽しみ方ができるのも『Apple Music Classical』ならではと言えるかもしれませんね」 「Apple Music Classical」の登場は、アコースティックやアナログに価値をおいてきたクラシックの世界に大きな進化を生み出すかもしれない。 「アルバムのジャケットがカッコいい、などのモチベーションでも最初は良いと思います。ピアニストならグレン・グールドやマルタ・アルゲリッチ、指揮者でいうとマリン・オールソップなど、溢れ出るオーラがある音楽家はたくさんいますから。視覚的情報から入ると、クラシックのハードルが下がる。この人、カッコいいから聴いてみよう、でいいと思います。それができるのも現代ならでは。スマホひとつでクラシックという奥深い世界を旅することができる。すばらしいことだと思います」 ■角野隼斗 1995年生まれ、千葉県出身。3歳からピアノ講師である母の指導を受け、クラシックの世界に触れる。東京大学進学後から音楽活動を開始。クラシック、ジャズ、ポップスなどさまざまな音楽をクロスオーバーした活動で人気を得る。現在、ピアニスト、作曲家、編曲家として活動。2010年にYouTubeチャンネル「Cateen かてぃん」を開設。チャンネル登録者数は130万人を超える。
文・川上康介 写真・GION スタイリング・金野春奈 ヘア&メイク・MAIMI 編集・岩田桂視(GQ)