読売新聞・渡邉恒雄主筆90歳、新聞の「主筆」とは何をする人なのか?
渡邉主筆はいつまで書き続けるのか?
さて、今回の渡邉主筆の会長職退任・主筆続投で多くの人が思ったであろうことは、「渡邉主筆は、いつまで主筆なのか?」ということだろう。 御厨貴・伊藤隆・飯尾潤によるオーラル・ヒストリー『渡邉恒雄回顧録』(中公文庫、2007年)では、渡邉主筆はこう述べている。 「社論は主筆が指導性も完全に発揮するし、責任も持つ。だから僕は社長を辞めても(注:インタビュー当時は読売新聞社社長だった)、まあいかなる地位についても、主筆だけは続けようと思っているよ、生涯、ジャーナリストでいたいもの」。つまり、死ぬまで主筆を続けるということだ。渡邉主筆は1926年生まれの90歳である。 なお渡邉主筆は、1985年に主筆職に就任している。当時は専務取締役と論説委員長を兼ねていた。 では、渡邉主筆の方針による読売新聞の論調とは、どんなものなのだろうか。今年の元日の社説を見てみよう。元日の社説は、新聞各紙がどのような考えで世の中に接していくかを示すものである。渡邉主筆自らが元日の社説を書いているともいわれている。 「世界の安定へ重い日本の責務 成長戦略を一層強力に進めたい」と題した社説は、国際秩序の中での日本の重要性を説き、テロ戦争に向き合うことや、安保法制の重要性を記している。一方経済の安定と発展を説いている。 元日の同紙の社説は、ふだんよりも分量が多い。そこに読売新聞の考える、いいかえると渡邉主筆の考える世の中のあり方というのが盛り込まれている。 渡邉主筆は、1979年に取締役論説委員長に就任し、現在の読売新聞の論調をつくってきた。新しく読売新聞グループ本社の社長に就任した山口寿一氏は、1979年に入社した。いまや、社員のほとんどがかつての「庶民的なリベラル」だったころの論調を知らない。渡邉主筆体制は主筆が死ぬまで続くことはほぼ確定した。今回の「代表取締役主筆」という人事は、「生涯一記者」という渡邉主筆の信念と理想をつらぬくための人事だといえるだろう。 (ライター・小林拓矢)