シトロエンに「全然見えない」 トラクシオン・アバンが土台 1948年のレナード・エ・ベック・ロードスター
明るいイメージがないトラクシオン・アバン
1934年に生産が始まった、前輪駆動レイアウトを牽引したシトロエン・トラクシオン・アバン、11CVといえば? フランスの役人が乗っているトラッドなサルーン? ボディカラーはブラックやブラウン? 確かに、そんなイメージは強いだろう。 【写真】シトロエンに「全然見えない」 レナード・エ・ベック 変わり種2CVとDS 同時期のロードスターも (159枚) だが実際の前期型は、ホワイトやメタリックだけでなく、トリコロールまで色彩豊かに塗られていた。戦後の後期型でも、当初はブルーやライト・グレーなど、個性を主張できる選択肢が用意されていた。 ボディスタイルは、4ドアサルーンのほか、2ドアクーペやロードスターも選べた。それでも、戦後のトラクシオン・アバンはサルーンが定番だったことは事実だ。 1948年から1954年まで、すべてのボディはブラックに塗られてもいた。現存する例は戦後の年式が殆どだから、明るいイメージがないとしても当然だろう。 平和が訪れると、新しい量産モデルが開発され、新車の価格は低下していった。とはいえフランスでは、手頃な予算で購入できるサルーンといえば、1.9Lエンジンの11CVに限られた。 他方、クルマでも個性を発揮したいと考えるフランス人は少なくなかった。そこで独自ボディの製作を請け負っていたコーチビルダーは、匿名性の高いシトロエンにソリューションを提供しはじめた。 予算とセンスに応じて、アルミ製のボディトリムを追加してくれるワークショップが出現。新しいラジエターグリルへ換装したり、異なるラインのトランクリッドで、大胆なカスタマイズの希望へ応えたコーチビルダーもあった。
シロナガスクジラのようなボディ
完全な独自ボディを求めるオーナーも、中には存在した。トラクシオン・アバンをベースにしたカスタマイズは、シトロエンの歴史でも特徴的な事象といえる。 シトロエン2CVを、アクセサリーで飾った例はある。モーリス・ミニ・マイナーをベースにした改造例も存在した。それでも、コーチビルダー製ボディでコンバージョンされたモデルは、戦後の欧州メーカーに限れば、唯一といって良かった。 その対象はサルーンだけではない。戦前のクーペやロードスターも、例外ではなかった。2024年に、美しいオリジナルのボディを切り刻んだとしたら、マニアからは犯罪者扱いを受けると思うが。 今回ご紹介する、レナード・エ・ベック・ロードスターも、戦後にコンバージョンされた11CV。シロナガスクジラのような、記憶に残るボディをまとう。オーナーはジャッキー・シャプドレーヌ氏だが、彼には非難を浴びせないで欲しい。 シャプドレーヌがシトロエンに興味を持ち始めたのは、1960年代の終りだとか。1970年頃に、事故車の状態で購入したという。 「近所のスクラップヤードにあったのを、友人のオーストロイさんが発見したんです。無惨な状態でした。バラバラだったといっていいでしょう。リア・サスペンションは完全に壊れていました」。と彼が振り返る。 「フロント・サスペンションだけでなく、エンジンもなかったんです。それでも、特別なダッシュボードは残っていました。友人がある程度動く状態まで直し、自分が所有していたポルシェ356と交換してもらいました」