「シンプルだけど難しい」鹿島アントラーズを変えるポポヴィッチ監督の“要求”。柴崎岳の穴を埋めるのは…【コラム】
鹿島アントラーズは昨季まで指揮を執った岩政大樹前監督の後任として、ランコ・ポポヴィッチ監督を招へいしている。2016シーズン以来となる国内タイトル奪還を期待される中で迎えた今季、キャンプやプレシーズンマッチからはポジティブな変化を読み取ることができる。(取材・文:藤江直人) 【Jリーグ順位表】2023シーズン明治安田生命J1リーグ
●鹿島アントラーズ再建を託された新指揮官 大分トリニータを皮切りにJFL時代の町田ゼルビア、FC東京、セレッソ大阪、さらにJ2を戦った町田で指揮を執ったランコ・ポポヴィッチ監督は、新天地でどのようなサッカーを見せてくれるのか。 昨年末に常勝軍団・鹿島アントラーズの新指揮官に就任。チームが始動した1月9日から情熱的に指導してきたポポヴィッチ監督は、ほどなくして屈託のない笑顔を浮かべながらこう語っている。 「私も日本のチームで長く監督を務めてきたので、どのようなチームを作っていくのか、あるいはどのようなスタイルで臨んでいくのか、というのはみなさんもある程度はご存知ですよね」 大分時代に強化担当としてポポヴィッチ監督と仕事をともにし、いま現在は鹿島のフットボールダイレクターを務める吉岡宗重氏は、母国セルビアのヴォイヴォディナ・ノヴィサドで2023/24シーズンの指揮を執っていた旧知の指揮官を、違約金を支払った上で招聘した理由をこう語っていた。 ●「シンプルだけど一番難しい」鹿島アントラーズに落とし込むポポヴィッチ流 「まずは戦術どうこうよりも鹿島らしさというか、最低限、出さなきゃいけない勝利への執着心や戦う姿勢、球際の強さ、切り替えの速さを求める監督でフィルターにかけた。次に攻撃面でどのようなアップデートができるのか、といった点をリサーチしていくなかで、最終的には攻守両面でアグレッシブかつ組織的にプレーできる戦術を落とし込める、という点でポポヴィッチ監督にオファーを出しました」 何となく思い浮かぶイメージを言語化させたのが、エースストライカーの鈴木優磨だった。 「なるべくバックパスを減らして、ワンタッチで相手ゴールに向かっていく。すごくシンプルな要求ですけど、実は一番難しかったりする。プレーしていて面白いし、すごく充実感がありますよね」 鈴木が言葉を弾ませたのは新体制下で初めての対外試合となった、宮崎キャンプ中の1月27日に行われたテゲバジャーロ宮崎とのトレーニングマッチ後だった。指揮官を「ポポさん」と呼ぶ鈴木は先発して60分ほどプレーし、無得点に終わりながらもポジティブな言葉をさらに紡いだ。 「僕も一昨年から再びプレーしている日本で、バックパスが多いというか、相手ゴールに向かうパスがちょっと少ないと思っていた。そのなかでポポさんが求めることは非常にわかりやすくて、選手にダイレクトに響いてくる。ポポさん自身もすごく熱い人だし、選手にいいものはいい、ダメなものはダメだとはっきりと、ダイレクトに伝えてくれる監督なので、やりがいを感じています。あとはいかにポポさんがやりたいサッカーと、自分たちの特徴を出していくかのバランスの見極め方が大事になると思う」 鈴木がキーマンとしてあげた、バランスを見極める役割を担ったのがボランチの柴崎岳だった。 ●なぜ柴崎岳は10番を着けたのか? 「自問自答も繰り返した」 テネリフェ、ヘタフェ、デポルティーボ・ラ・コルーニャ、レガネスとスペインの4クラブでプレーした柴崎が、約6年半ぶりに古巣・鹿島へ復帰したのは昨年9月。しかし、加入前から違和感を抱えていた左太ももが悲鳴をあげ、公式戦で4試合に出場しただけで昨シーズンは終焉を迎えた。 鹿島も柴崎が「10番」を背負い、J1リーグと天皇杯の二冠を獲得した2016シーズンを最後に国内タイトルから遠ざかっていた。柴崎自身も2017年1月にステネリフェへ移籍している。愛してやまない鹿島へ再びタイトルを――捲土重来を期す決意は、異例となる「三刀流」に反映されていた。 選手会長とポポヴィッチ監督から託された新キャプテン、そして志願して背負った「10番」との一人三役。青森山田高から2011シーズンに鹿島へ加入して14年目。プロクラブで初めてキャプテンを引き受けた柴崎は、一度はやんわりと断るも、熟考した末に「10番」を引き受けた理由をこう明かす。 「まずは打診があって、そのときは『他にそういう選手がいなければ』という話で終わりました。空き番になると一度決まってから一日ほど、自分であれこれ考えたなかで、新シーズンを迎えるにあたって鹿島の『10番』が空き番になるのはどうなのか、と思うようになりました。できれば新時代の選手につけてほしい、という気持ちもあった一方で、今年で32歳になる僕のような選手がつけるのはどうなのかと自問自答も繰り返しました。しかし、それ以上に『10番』が空き番になるのはダメだと思ったので、吉岡さんに『できればつけさせてください』と伝えて快諾していただきました」 左太ももに負った怪我も、オフの間にも自らに課したリハビリをへて完治。前出の宮崎とのトレーニングマッチにも、左腕に黄色いキャプテンマークを巻いて先発した。しかし、接触プレーで左足を痛めるアクシデントに見舞われ、開始わずか18分で自ら交代を申し出てピッチを後にした。 宮崎戦後に鈴木が残した言葉からは、ワンタッチを多用しながら相手ゴールへ素早く、直線的に攻め込む新生・鹿島のサッカーに、柴崎がいかに必要不可欠な存在になってくるのかがわかる。 ●鈴木優磨によるポポヴィッチ流の解釈 「そのテンポで90分間を通して、というのはなかなかできない。その意味で(柴崎)岳くんが抜けた後のゲームコントロールという部分では、ちょっと課題を残したと思う。岳くんがいなくなってからは、僕がちょっと中盤に落ちる形でゲームをコントロールしなきゃいけなくなった。それもちょっと難しい部分で、岳くんがいる間はなるべく僕もゴール前の仕事に専念したい、という思いがあるので」 ポポヴィッチ流のハイテンポな攻撃に、絶妙の間をもたらす役割が柴崎に託された。鈴木が言及した「ポポさんがやりたいサッカーと、自分たちの特徴を出していくかのバランス」がこれであり、柴崎を欠いてからは昨シーズンまでに何度も見られた、鈴木が攻撃のすべてを背負う悪循環だった。 鈴木自身は「日本に帰ってきてから、キャンプでは一番コンディションがいい。いつもこの時期はまったく点が取れないし、体もめちゃ重くて全然走れなかったのに」と大きな手応えをつかんでいた。言葉通りに1月30日の徳島ヴォルティスとのトレーニングマッチでは先制ゴールも決めた。 しかし、好事魔多し、と言うべきか。徳島戦の前半終了間際にゴール前で競り合った鈴木は相手選手の頭部で顔面を強打。右頬骨の骨折で1日に手術を受け、治療期間約5週間の診断を受けた。 今シーズンの新体制が発表された1月21日の時点で、鹿島の新加入選手はGK梶川裕嗣、GK山田大樹、ルーキーのDF濃野公人、そしてブラジル出身の左利きのサイドアタッカー、ギリェルメ・パレジの4人にとどまっていた。 J1リーグ戦で優勝したヴィッセル神戸から勝ち点で19ポイントも離された5位にとどまり、総得点43が5位タイだった昨シーズンから特に攻撃面で上積みがない陣容から、復活を期す柴崎だけでなく、キャリアハイでチーム最多となる14ゴールをあげた鈴木までが離脱した。 チーム作りを進めている過程での相次ぐアクシデント。それでもポポヴィッチ監督は、努めてポジティブだった。柴崎が交代し、試合中に病院へ検査に向かった宮崎戦後にはこう語っている。 ●鹿島アントラーズを襲う3つの誤算 「前進していくしない。前進していくなかで嬉しいサプライズが起こるというか、いまいる選手たちのなかから岳に代わるような選手が出てくれば、それに越したことはないと思っている」 新体制下における誤算は、実は柴崎や鈴木だけではなかった。セルビアリーグのバチュカ・トポラから完全移籍での加入が合意に達していた30歳の長身センターバック、ヨシプ・チャルシッチが来日後のメディカルテクで問題が確認されたとして、双方合意の上で正式契約に至らなかった。 前所属クラブで指揮を執りながら、相手チームのチャルシッチの才能を高く評価していたポポヴィッチ監督は「非常に残念な出来事」と受け止めながら、決して誤算ではないと強調している。 「この先のチャルシッチの人生を考えれば、この段階で問題が見つかって逆に幸運だったと彼にはポジティブにとらえてほしい。そして、明日何が起こるかわからない、ということが現実にわれわれのチームメイトに起こった。だからわれわれは1日1日を大切に過ごさなければいけないし、常に全力を尽くさなければいけない。当たり前のようにサッカーができる日々は、実は当たり前ではない。人生何があるかわからないからこそ、後悔しないようにすべてを出し切っていこうと選手たちには話しました」 常にポジティブに稼働する指揮官の思考回路は、早くもサプライズを手繰り寄せている。 ●早くも表れた変化「私は必ずタイトルを獲得するとみなさんに約束するようなタイプではない。ただ…」 昨シーズンに鈴木に次ぐ5ゴールをあげたFW知念慶が、徳島戦ではボランチの適正を試された。また、昨秋にインドネシアで開催されたFIFA U-17ワールドカップでU-17日本代表に名を連ねた186cmの長身FWで、2種登録されている高校2年生の徳田誉がキャンプ中のトレーニングマッチでゴールを連発した。 ホームの県立カシマサッカースタジアムに、水戸ホーリーホックを迎える10日のプレシーズンマッチでも柴崎と鈴木の出場は難しい。それでも右サイドバックではルーキーの農野が存在感を放ち、スロバキアのクラブから1月下旬に加入したFWアレクサンダル・チャヴリッチもデビューする予定だ。 カタールW杯でDF長友佑都によって流行語になったイタリア語の感嘆詞「ブラボー!」を、ポポヴィッチ監督は多いときには1分間に数十回も連呼する。素晴らしいプレーに対してだけでなく、積極的にトライした上でのミスも「ブラボー!」の対象になり、チームの士気は否が応でも高まる。 モットーに「笑顔で練習に来て、何があっても笑顔でピッチを後にしよう」と掲げるなど、鹿島をメンタル面から変えている指揮官は、常勝軍団復活を託される新シーズンへの抱負をこう語る。 「このクラブに来たからには、求められているもの、果たさなければいけないものはわかっている。それでも、私は必ずタイトルを獲得するとみなさんに約束するようなタイプではない。ただ、常に全力で日々を過ごしていくその先にタイトルがある、という考え方だけははっきり言っておきたい」 少しずつ、そして確実にチーム力を底上げしていった先に、胸中にチームへの深く、熱い思いを脈打たせるキャプテンとエースストライカーが満を持して復帰すれば――現状では期待と不安、光明と誤算が交錯しているポポヴィッチ体制の鹿島が、まばゆい輝きを放つ可能性は決してゼロではない。 (取材・文:藤江直人)
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