【玉木正之のベースボール今昔物語】「カン(勘)ピューター野球」から「ビッグデータ・ベースボール」へ。AIの分析に基づく情報を武器に戦う大谷翔平は“AIのアバター”なのか?<SLUGGER>
夕食が終わったあとに、「ちょっと部屋に来てよ。面白いものを見せてあげる」と言われたので、彼の泊まっていたホテルの和室に行くと、大きな和卓が中央にある部屋の端に、4つのミカン箱が積み上げてあった。 牧野氏は「みんな空箱だ」と言いながら、一番上の箱の蓋を開けて1枚の紙を入れた。その紙は1980年代当時のコンピュータがデータを打ち出す時に使う、両端に丸い穴が並んだ紙で、牧野氏はその紙の一部分が外にはみ出て垂れ下がるように置いた。 しばらくすると、巨人番の記者たちが次々と10人近く集まってきて、牧野ヘッドコーチとの懇談が始まった。が、記者たちは、ミカン箱から少しだけ垂れ下がったコンピュータ用紙が気になってしかたない。 とうとう某記者から「あれは?」と質問が飛び、牧野氏は「おっと、まずいまずい」と言いながら立ち上がって、その紙をミカン箱の中に入れて蓋をしたのだった。すると数日後のスポーツ新聞には、「牧野ヘッド、コンピュータ大作戦」「秘密兵器始動!」の文字が並んでいた。 牧野氏に「コンピュータと野球の関係」について訊くと、こんな答えが返ってきた。 「あれは単なるカルキュレーター(計算機)に過ぎない。データを早くまとめることはできても、そのデータをスクリーニング(分析)するのは人間だ。コンピュータが野球をやるわけじゃない」 そう言って牧野氏は「俺の使ってるのはこれだけだよ」と言って、読売新聞社の記者が取材で使っている小さな縦長のメモ帳を見せてくれた。「これを1シーズンに3冊くらい使うかな……」。そんな牧野氏が今も存命で、メジャーの「ビッグデータ&AIベースボール」を知ったら、何と言うだろうか? かつてイチロー選手は、引退を発表した時の記者会見でこう語った。 「(MLBは)頭を使わなくても出来てしまう野球になりつつある……」 ……ということは、タブレットを覗き込んだあと、見事なバッティングを何度も見せた大谷は、ビッグデータを分析したAIの「意志」を、現実の世界で見事に実践したアバターと言えるのだろうか? いや、アバターというのは仮想現実の空間での存在であり、リアルの世界でのリアルの肉体を使ったパフォーマンスは、やはりアバターとは言えず、彼はAIの提示するデータを的確に理解し、実践するために、「昔」とは異なる「野球脳」の使い方をしているに違いない……。 文●玉木正之 【著者プロフィール】 たまき・まさゆき。1952年生まれ。東京大学教養学部中退。在学中から東京新聞、雑誌『GORO』『平凡パンチ』などで執筆を開始。日本で初めてスポーツライターを名乗る。現在の肩書きは、スポーツ文化評論家・音楽評論家。日本経済新聞や雑誌『ZAITEN』『スポーツゴジラ』等で執筆活動を続け、BSフジ『プライムニュース』等でコメンテーターとして出演。主な書籍は『スポーツは何か』(講談社現代新書)『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂)など。訳書にR・ホワイティング『和を以て日本となす』(角川文庫)ほか。
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