坂本真綾の持つ美しい“芯” アニメ『チ。』のラファウと重なる揺るぎなさ
作家・魚豊による漫画を原作とした現在放送中のTVアニメ『チ。 ―地球の運動について―』に登場したラファウは、世渡り上手な少年のはずだった。頭がよく12歳にして大学に飛び級で進学が認められた彼は、養父・ポトツキの言葉を借りるとすれば「もうなんかヤバい」。ラファウは周囲の期待通りに振る舞う。そうすればこの世は快適に過ごせるとわかっているからだ。 【写真】『チ。』第4話「この地球は、天国なんかよりも美しい」場面写真 ラファウは大学で神学を学ぶと宣言し、ポトツキに「天文をやめろ」と言われても頷いた。しかし、合理的に生きることを信条とし、「世界 チョレ~~」と周囲を見下していたラファウが魅了されてしまったのが地動説だ。物語の舞台となる15世紀ヨーロッパの「P王国」では天動説が当たり前であり、地動説を研究する者は異端扱いされる。そんな“タブー”ともいえる地動説を研究する学者・フベルトとラファウの出会いによって物語は動き出す。 ラファウの声を担当するのは、声優の坂本真綾だ。知性と品性を感じる坂本の声は、まだ12歳であるラファウの幼さも絶妙に表現。シンプルかつ整然とした図で表せる地動説の合理的な美しさにどうしようもなく惹かれてしまうラファウのピュアな感性にも、坂本の透明感のある声はよくマッチしているのだ。 『鬼滅の刃』では、鬼であり医者でもある珠世を演じた坂本。美人で穏やかな珠世だが、「柱稽古編」の最終回にて繰り広げた鬼舞辻無惨との戦いでは、爆発の炎で焼ける無惨に鬼を人間に戻す薬を打ち込み、復讐に燃える姿を見せたのが記憶に新しい。 また、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』では碇シンジの前に現れるミステリアスな女性・真希波・マリ・イラストリアスを担当。猫のような掴みどころのなさと肝っ玉の据わったバトルシーンが印象的で、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』ではシンジを迎えに来る重要な役を務めた。 両作に共通しているのは、演じるキャラクターに凛とした“芯”がある点だ。坂本の声は繊細で清らかな水のように澄んでおり、折れない強さがある。そして、その芯の強さは『チ。』の第3話で見せたラファウの揺るぎない覚悟と生き様にも通ずる。 ポトツキに裏切られ、地動説を研究していることを異端審問官・ノヴァクに密告されたラファウ。牢獄に入れられるが、まだ捕まったのが1回目だったため「改心する」と宣言すれば解放される。これまでの合理的な彼なら、嘘でも「改心する」と言えただろう。だが、ラファウは大勢の前で大学の入学許可書を破り捨て、はっきりと「僕は地動説を信じています」と宣言したのだ。 改心しなければ地獄のような拷問を受けるのが目に見えているため、けっして賢い選択とはいえない。さらに、ラファウは拷問を受ける前に自ら毒を飲む。彼の取った行動に激しく動揺するノヴァクだが、ラファウはいたって落ち着いているのが印象的だ。 「感動は寿命の長さより大切なものだと思う」 「僕の命に代えてでもこの感動を生き残らせる」 静かに語るラファウの言葉はその一つひとつが熱く、私たちの胸を打ち、震わせる。 なぜラファウの言葉は胸を打つのだろうか。それはセリフの持つ熱さ以外にも、坂本の発する言葉の美しさが理由のように思う。坂本は声優だけでなく歌手としても活動している。坂本の楽曲は彼女の声の美しさと透明感を存分に味わえるため、アニメから彼女を知った人も虜になる魅力がある。 11月6日にCDシングルがリリースされる「nina」も、明るいフレッシュさが心地いい。また、坂本は作詞も手がけており、2021年には歌詞集である『刺繍』を発売。彼女の紡いだやさしく美しい歌詞が高い人気を得ているのがわかる。 坂本の芯のある声は、キャラクターの発するセリフをより一層“大事なもの”にさせる。音楽活動のなかで積み上げてきた作詞の経験も、言葉の美しさを際立たせる理由になっているように思う。言葉と真摯に向き合ってきたからこそ、坂本の放つセリフは光り、説得力を帯びるのだ。ゆえに、坂本は数々の名セリフを生み出したラファウ役としてピッタリだった。 第3話にてラファウが毒を飲み焼かれてから10年後に時は進み、新たなキャラクターが登場する意外な展開に引き込まれる『チ。』。時間の経過とともにメインキャラクターも移り変わるが、第1章にて1人の少年が突き動かされた無垢な情熱に、満天の星を見上げたときのように心を動かされた。
まわる まがり