映画『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』レビュー──次世代の才能がタッグを組んだ、ポップでダークなおとぎ話
「次世代のタランティーノ、現る!」と映画界で注目を集めるアナ・リリ・アミリプール監督の長編映画第3作が、11月17日(金)に公開される。主演は『バーニング 劇場版』(2018)でその存在感を見せつけた俳優、チョン・ジョンソ。作品の見どころを篠儀直子が解説する。 【写真つきの記事を読む】映画の見どころをチェック!(全11枚)
予想もできないクライマックス
赤い満月の夜、米国南部のある精神病院に拘束されていた若い女性患者(チョン・ジョンソ)が、職員に大怪我を負わせて脱走する。人の動きを自在に操る能力が、突然覚醒したのだ。彼女の名前はモナ・リザ・リー。名前に反して、微笑を見せることはほとんどない。危険な傾向のある患者だと病院から通報を受け、警察が捜索に動きだすなか、彼女がたどり着いたのはニューオーリンズ。助けてくれた若者、ファズ(エド・スクライン)の前からは唐突に姿を消し、保護しようとした巡査のハロルド(クレイグ・ロビンソン)には重傷を負わせる。モナ・リザと知り合ったシングルマザーのポールダンサー、ボニー・ベル(ケイト・ハドソン)は、彼女の能力を利用しようと考えるのだが……。 ここまで読んだみなさんは、これがどんな感じの映画だと思われるだろうか。ホラー? SFアクション? サスペンス? 実はそのどれでもない。人を操る特殊能力と言えば、最近日本で公開されたロバート・ロドリゲスの『ドミノ』が思い出されるが、こちらの映画では、モナ・リザがなぜそんな能力を持っているのか明かされることはないし、作品の狙いからいって明かす必要もない。 子どものころから10年以上病院に閉じこめられていたモナ・リザにとって、外の世界は見るものすべてが驚きだ。そんなモナ・リザの周りには、彼女を利用しようとする者、彼女が他人を(および自分を)傷つけるのを恐れて彼女を止めようとする者、そして、彼女と心をかよわせる者が現われる。となれば、この映画に最も近い物語類型を持つのは、『ローマの休日』あたりではあるまいか。どこかオフビートな話運びに乗って観ていくうちに、モナ・リザはもちろんのこと、登場人物全員が、妙に愛らしく見えてくるのも合点が行くというものだ。 以上のことから、ホラーでもSFでもなく「現代のおとぎ話」という言葉でくくられそうな映画ではあるけれど、もちろんそれだけではない。病院を抜け出して夜の歓楽街をふらふらと歩く、危なっかしいモナ・リザの姿は、まるで言葉の通じない異国にいきなり放り出された人間のように見える。おかしな話だが、彼女が東アジア系であるせいもあり、筆者はすっかり自分自身を重ねて身につまされてしまった。 だがこれは、もしかしたらそれほどおかしな話ではないのかもしれない。ここにはおそらく、イラン系アメリカ人である監督、アナ・リリ・アミリプール自身が子どものころから感じてきた、周囲への違和感や疎外感が投影されているからだ。モナ・リザはどうやら亡命者(の娘?)らしいことがやがてほのめかされる。彼女が見るテレビには、北朝鮮やイラン関連のニュースが映し出される。異邦人としてのモナ・リザ。登場人物全員が愛らしく見えてくると先ほど書いたが、それは、モナ・リザだけでなくほかの人物も、何かしら異邦人のような疎外感を感じている人々、あるいは、そうした孤独を理解できる人々として描かれているからなのかもしれない。 さて、『ローマの休日』のアン王女はみずから元の世界へ戻っていくけれど、われらがニューヒロイン、モナ・リザはどうなるのか。どこかオフビートだった話運びからは、予想もできなかった展開がクライマックスには待ち受けている。そしてこの映画、アリ・アスターとのタッグで知られるパヴェウ・ポゴジェルスキの撮影も面白いが、ハウス・ミュージック主体の音楽がとてもいい。選曲も、映像との合わせ方も、これほど上手く行っている例は最近あまりないように思う。 ところでボニー・ベルの名前は、先日日本で劇場初公開された、エミール・クストリッツァの『ドリー・ベルを覚えているかい?』(1981)に登場するストリッパー、ドリー・ベルから取られているのだろうか、それともただの偶然だろうか。ちょっと監督に聞いてみたい気がする。 『モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン』 11月17日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開 配給:キノフィルムズ © Institution of Production, LLC 公式ホームページ:https://www.monalisa-movie.jp/ 篠儀直子(しのぎ なおこ) 翻訳者。映画批評も手がける。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(DU BOOKS)『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)『切り裂きジャックに殺されたのは誰か』(青土社)など。 編集・横山芙美(GQ)