赤ちゃんの「泣き相撲退会」で思い出す 13年前、目を真っ赤にした大人たちが迎えた〝新しい命〟
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】お母さんもおばあちゃんも、医師たちも…「涙の海」で生まれた女の子
岩手・花巻、初夏の風物詩
「よっ、よっ」という掛け声に合わせ、生後6カ月から1歳半までの豆力士たちが親方に抱かれて土俵に上がり、顔を近づけ勝負する。 子どもの健やかな成長を願う岩手県花巻市の初夏の風物詩「全国泣き相撲大会」が今年も開かれた。 全国から約620人が参加し、「目覚め泣き」「ほほ笑み返し」などの決まり手がアナウンスされる度に、会場からは子どもの泣き声と大人たちの笑い声が沸き上がる。 泣いた方が負け。 千葉県松戸市から参加した衣真(えま)ちゃん(10カ月)の母親は「始まる前は大泣きしていたのに、土俵に上がった途端にびっくりして泣きやんでしまった」とちょっと残念そうに笑った。
2011年7月、待ちわびた新しい命
輪の中心で赤ん坊が泣き、その外側で大人たちが笑う、普遍的な風景。 でもその真逆の景色を、私はかつて見たことがあった。 2011年7月、私は宮城県の沿岸部である女性の出産に立ち会っていた。 分娩室の扉の外にある長いすで、新たにおばあちゃんになる2人の女性と一緒に、新しい命の誕生を待ちわびていた。 女性は3月5日に結婚式を挙げ、新婚6日目の3月11日に夫を津波で亡くしていた。 当時、おなかの中には赤ちゃんがいた。 女性の義理の母は、津波で両親と息子(女性の夫)、娘の家族4人全員を失っていた。 おなかの中の赤ちゃんだけが、残された唯一の「家族」だった。 午後7時32分、妊婦の絶叫が突然、乳児の産声に変わると、私は2人のおばあちゃんと一緒に分娩室へと駆け込んだ。 助産師の大きな胸に、2980グラムの小さな命が抱かれていた。 津波で家族4人を失い、40代でおばあちゃんになった女性が乳児を受け取り、愛おしそうに顔を近づけて言った。 「ほらほら、私がおばあちゃんだよ」