FC町田ゼルビア、なぜこれほど強い。主将・昌子源が明かすその“原点”。「もう当たり前になっている」ことは?【コラム】
明治安田J1リーグ第5節、FC町田ゼルビア対サガン鳥栖が30日に行われ、3-1でホームチームが勝利している。これで町田は怒涛の4連勝とし、J1初挑戦ながら首位に立っている。なぜこれほどまでに強いのか。今季新加入ながら主将を務める昌子源が明かすその原点は。(取材・文:藤江直人) 【動画】FC町田ゼルビア対サガン鳥栖 ハイライト
●チームを救った昌子源のファインプレー 歓喜で派手なゴールシーンに比べれば、見逃してしまいがちかもしれない。それでも、J1初昇格ながら首位を快走する、FC町田ゼルビアの快進撃を支えるプレーが飛び出したのは67分だった。 U-23日本代表で売り出し中のMF平河悠が、ハーフウェイラインの手前でボールを奪われ、すかさずサガン鳥栖に発動されたショートカウンター。中央のやや左側でパスを受けたFWヴィニシウス・アラウージョとの間合いを、町田のセンターバック、ドレシェヴィッチが詰めていく。 カウンターへ対応したというよりは、左斜めに走ってきたFW富樫敬真へのスルーパスを警戒するあまりに、ドレシェヴィッチが前へ引っ張り出されてしまった場面。アラウージョはぽっかりと空いた右方向へ旋回。余裕を持ってドレシェヴィッチをかわしてシュート体勢に入った。 次の瞬間、富樫を追走してきた昌子源がマークを離れて、アラウージョのシュートをブロックする位置に飛び込んだ。距離にして5mあまり。ペナルティーエリア内でハンドの反則を犯さないように両手を後ろで組みながら、それでいて昌子は最後までアラウージョの動きから目を背けなかった。 右足から放たれた強烈なシュートを左足のつけ根あたりでブロック。反動でそのままひっくり返ってもプレーを止めない。こぼれ球を拾ったMF菊地泰智のシュートがクロスバーを力なく越えたとき、すぐに起き上がった背番号「3」はゴールの中央までカバーに戻ってきていた。 背中越しに大声が響いてきたのだろう。振り向いた昌子は守護神・谷晃生と右手を熱くタッチさせ、さらにファーポスト付近へカバーに戻ってきていたボランチの仙頭啓矢とも抱き合った。 試合後の取材エリア。勝負は細部に宿る、とばかりに昌子が魂のプレーに込めて思いを明かした。 ●FC町田ゼルビアはJ1首位も「本当に慢心がない」 「チームに関わる全員が常々言っていることですけど、本当に慢心がない。首位にいるからとか、J1でもけっこうやれている、と思っている選手が一人もいない。これは本当にすごいことだと思う」 当たり前にできるプレーを、たったひとつでも絶対に疎かにしない。シュートブロックは黒田剛監督が求める一丁目一番地とも言えるプレー。昌子は直後の69分にも体を張って鳥栖の攻撃を阻止している。 自身が放った縦へのフィードが味方に通らず、はね返しをバイタルエリアで富樫が収める。昌子がマークにつくも、背後のアラウージョへパスを通されてペナルティーエリア内へ侵入された直後だった。 シュートモーションに入ったアラウージョへ、昌子がスライディングでブロックに飛び込む。これをかわしたブラジル人ストライカーは、すかさず左足を振り抜く姿勢に入る。しかし、昌子もあきらめない。再びスライディングでブロックを試み、今度は右足でシュートをはね返してみせた。 この時点で町田が3-1とリードしていた。それでも、鳥栖がゴールネットを揺らせば試合の流れが変わりかねない。しかし、つかんだチャンスを昌子の2度のブロックで防がれた鳥栖は、その後は6分間のアイディショナルタイムを含めて、ほとんど反撃の糸口をつかめなかった。 試合後の公式会見。鳥栖の川井健太監督の言葉がすべてを物語っていた。 「スコアがそのまま表れたかなと思う。町田さんの素晴らしさをほめるところが多々あった」 ●中断期間中の練習試合で「初めて90分間出ました」 開幕戦でガンバ大阪と引き分けた町田は名古屋グランパス、鹿島アントラーズ、北海道コンサドーレ札幌を撃破。初めて戦うJ1の舞台で首位に立った町田が、国際Aマッチデー期間による中断をはさんで、ホームの町田GIONスタジアムに鳥栖を迎えた一戦。キャプテンの昌子はベンチスタートだった。 詳細はクラブの方針で明かされていないものの、昌子は開幕直前の2月下旬に足を負傷。古巣・鹿島との第3節で戦列復帰を果たすも、ベンチで1-0の勝利を告げる主審の笛を聞いた。続く札幌戦は90分から途中出場。8分間のアディショナルタイムを零封し、3連勝に貢献した昌子が明かす。 「非公式でしたけど、中断期間中に練習試合があって、そこで初めて僕自身、90分間出ました。チームの流れも非常にいいなかで、僕も怪我から復帰してちょっとずつ、という感じですね」 オフに鹿島から完全移籍で加入した昌子は、キャンプ終盤にチーム内で実施された投票でキャプテンに選出された。青森山田高から異例の転身を遂げた黒田剛監督が就任1年目の昨シーズンから導入した、選手ら各々がキャプテン、副キャプテンを1人ずつ、理由を明記して投票したなかで最多得票を集めた。 鹿島で2016シーズンのJ1リーグや2018シーズンのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)など、通算6個のタイトル獲得に貢献した経験。2018年のワールドカップ・ロシア大会で西野ジャパンの主軸を務めた実績。怪我もあって不本意な結果に終わったものの、リーグ・アンのトゥールーズで1年間プレーもしている。 中学生年代にアカデミーへ所属したガンバ大阪をへて、再び加入した鹿島をわずか1年で退団した。開幕前の怪我で出遅れ、23歳のDF関川郁万にポジションを奪われる形で出場21試合、プレー時間644分で昨シーズンを終えた昌子は、町田への移籍に際してこんな言葉を残している。 ●「先発の11人が実は一番頑張りますからね」 「自分の年齢、この先のキャリアを考えても、試合に出て勝利に貢献したい、楽しくサッカーをしたいという思いは日に日に強くなり、それが移籍の決断につながりました」 31歳の昌子が抱く覚悟と決意はキャンプ中の練習で、周囲にひしひしと伝わった。ゆえにキャプテンに選出され、黒田監督も全幅の信頼を寄せる。しかし、怪我が治ったからと言って無条件で試合に出られるわけではない。指揮官も「怪我は問題ない」とした上で、昌子にこう言及している。 「チャン・ミンギュの出来が非常によかった、という面がある。ここまでチームとしても大崩れしていないので、代えるタイミングがなかったという事情もある」 昌子の代わりにドレシェヴィッチとセンターバックを組んだ、U-22韓国代表に選出された経験も持つ25歳のチャン・ミンギュがここまで全試合にフル出場。身長183cm体重79kgの体をフル稼働させ、昨シーズンに続いて初めて経験するJ1の戦いでも、町田の最終ラインで高さと強さを発揮した。 治療とリハビリから復帰へ向かう過程で、外から見ていた町田に抱いた思いを昌子はこう振り返る。それは町田の「鉄則」だと言わんばかりに言及した、チーム全体に浸透する慢心のなさに通じていた。 「日々の練習から手を抜くのを黒田監督が嫌うし、そうしないと『試合には出られない』とはっきりと言われる。なので、選手もピュアというか、それがもう当たり前になっている。連勝中は先発メンバーもあまり変えずに戦っていたけど、先発の11人が実は一番頑張りますからね。僕は昨シーズンを知らないのでちょっとあれですけど、先発で出られない選手たちは苦しい思いをしているし、もしかすると不満があるかもしれない。それでも、こうした基準でやっている以上は、それらを自分のなかで押し殺しながら、もっともっと頑張らないといけない、と全員が思える集団になっているのではないか、と」 一方で中断明けに対戦する鳥栖を、ビルドアップでさまざまな工夫を凝らしてくるチームとして黒田監督は警戒していた。十八番であるロングスローを起点に、開始5分に決まったFW藤本一輝のJ1初ゴールで幸先よく先制できた一戦は指揮官が危惧した通り、時間の経過とともに様相を変えてきた。 ●「昌子源をベンチに置ける状況がチームに安心感を生んでいる」 鳥栖は前線の攻撃的な選手をフラットに並べて蹴り手にプレッシャーをかけ、さらに自軍の最終ラインの位置取りも高くして町田のロングボール戦法を封じにきた。さらにGK朴一圭もペナルティーエリア外で積極的にビルドアップに加わり、町田に対して数的優位な状況を作り出してきた。 34分に同点とされたが、黒田監督は「同点にされる前から、前の選手がかわされた後にサイドバックのカバーリングが遅れ、そのスペースを使われる形が見られていた」と嫌な流れを感じ取っていた。 失点後にメンバーを変えずに、左サイドバックの林幸多郎を前方に上げる変則3バックにスイッチ。さらに後半開始からは右サイドバックの鈴木準弥に代えて昌子を投入し、変則3バックの顔ぶれを左から昌子、ドレシェヴィッチ、チャン・ミンギュとセンターバックの選手で固めた。 実は3バックへのスイッチに関して、黒田監督とあるやり取りがあったと昌子が明かす。 「今日は3バックの可能性もある、と言われていました。なので、もしかしたら既存の選手たちで3枚になるかもしれないし、例えば僕やマサ(奥山政幸)を入れるとか、いろいろな形で3バックはできる。どの形になってもいいように、リザーブの選手を含めてみんなで準備していました」 前半終了間際に鈴木がイエローカードをもらっていたなかで、黒田監督は昌子との交代を決断した。 「監督には『ゲームを落ち着かせてくれ』と個人的には言われていました」 失点後の変則3バックへの移行で落ち着かせた流れを、昌子はリーダーシップと周囲によく通る声を介してさらに色濃いものにした。後ろが安定した効果からか。町田はともに平河のアシストから、これまで無得点だったFWオ・セフンが54、57分と怒涛の連続ゴール。一気に勝負を決めた。 2度に及ぶ昌子のシュートブロックが飛び出した直後の70分には、黒田監督は藤本に代えて本来は右サイドバックの奥山を右ウイングバックとして投入。3バックへ完全移行して試合を締めた。 「3バックの選択肢もあるなかで、昌子をベンチに置ける状況がチームに安心感を生んでいる。昌子はわれわれコーチングスタッフにとっても、非常にありがたい存在だと思っています」 4連勝の隠れた立役者とばかりに、黒田監督からその存在感を称賛された昌子は、試合に絡めなかった時期に身をもって経験した、町田が発揮する強さの原点をこんな言葉で明かしている。 ●「4連勝はすごいと思われるかもしれないけど…」 「黒田監督だけでなく、ミョンヒさん(金明輝コーチ)を含めたコーチ陣が『こうしないと試合に出られない』と常に求めてくる。リザーブ組だけでなく、メンバー外になった選手の練習を見るコーチも含めて全員がそうなんです。メディアのみなさんは快進撃とかいろいろな書き方をされると思いますけど、僕自身は勝って当たり前のチームにしていきたい。確かにはたから見れば4連勝はすごいと思われるかもしれないけど、それを必然と思えるように、いままでやってきた取り組みを出している結果だと思います」 勝って兜の緒を締めよと言わんばかりに、昌子はこんな言葉を紡ぐことも忘れなかった。 「今日もそうだったように、課題も多いと思います。ちょっと流れが悪い時間帯とか、失点してしまってからのトーンダウンというのは少し否めない、というところもある。相手ももちろんトップ・トップのプロですし、素晴らしいチームですし、そのなかでいかにしてピッチ内で修正できるか。これからより素晴らしいチームが待っているし、代表クラスの選手が多いチームと当たるなかで、そういう状況でいかに自分たちが、外からの指示を待たずにピッチ内で修正できるかが、ここから問われてくると思う」 黒田監督は昨シーズンから「勝つ、イコール、守れる」を合言葉に掲げてきた。一発勝負のトーナメントが多い高校サッカー界で、青森山田を常勝軍団に育て上げた哲学と言っていい現実的な戦い方。それをプロの世界でもいっさいの妥協を許さずに求め続け、J2優勝と悲願のJ1昇格を手繰り寄せた。 昌子をはじめとする新たなメンバーが加わったJ1の戦いでも方針はぶれない。破竹の4連勝で首位と無敗をキープしているなかで、5試合で喫した総失点は3と2番目に少ない。そして、4月3日の次節は最小失点の「2」を誇り、こちらも2勝3分けと無敗のサンフレッチェ広島をホームに迎える。 さらに同7日には川崎フロンターレ戦が、13日には昨シーズンの王者・ヴィッセル神戸戦が待つ。キャプテン昌子の完全復活とともに4バックを基軸とする最終ラインをパワーアップさせ、さらに3バックも選択肢に加えた町田にとって、現在地を問われる3連戦がいよいよ幕を開ける。 (取材・文:藤江直人)
フットボールチャンネル