ブラジル王室後継者ドン・アントニオ死去=跡継ぎは息子ラファエル38歳か
ブラジル帝国時代の皇帝家の後継者ドン・アントニオ・デ・オルレアンス・エ・ブラガンサが8日に74歳で病死した。2015年から住んでいたリオ・デ・ジャネイロ南部ウマイタ地区にあるサンジョゼ病院に7月から呼吸不全で入院しており、慢性閉塞性肺疾患による死去が確認された。UOLサイト8日付、10日付などが報じた。 旧皇帝家はXで「ブラジル帝国旧皇帝家のドン・アントニオ殿下の逝去について、深い悲しみとともにお知らせ申し上げます」と発表した。 ドン・アントニオには妻と1男2女の子供、2人の孫がいる。もう一人、後継者として君主制支持者の期待を集めていた長男がいたが、2009年にリオを発ったエールフランス447便墜落事故で早世した。 ドン・アントニオは、ブラジル皇帝家家長であるドン・ベルトランドの後継者で、2022年に亡くなった元家長の長兄ドン・ルイスの弟。彼らはイザベラ王女の曾孫、ペドロ2世の玄孫にあたる。次期継承者は次男ドン・ラファエル(38)となる。 ドン・アントニオは土木工学の学位を持ち、いくつかの多国籍企業で働いていたが、現在は引退していた。趣味は水彩画を描くことで、いくつかの作品は展覧会に出展されたこともある。 次期継承者と見られるドン・ラファエルは1986年リオ生まれ。ペトロポリスで育ち、リオのカトリック大学で生産工学を学び2010年に卒業した。フルネームは非常に長く、「ラファエル・アントニオ・マリア・ジョゼ・フランシスコ・ミゲル・ガブリエル・ゴンザガ・デ・オルレアン・エ・ブラガンサ」だ。 彼はグラン・パラー公、ブラジル公、オルレアン・イ・ブラガンサ公と自認している。多言語話者であり、ポルトガル語の他にフランス語、英語、ドイツ語、スペイン語が流暢である。 彼はさまざまな業界で働いてきた経験があり、リオの観光ガイドやパリでの販売員、そして不動産会社でのインターンシップを経て、飲料業界の他国籍企業でも働いた。現在はロンドンとニューヨークにオフィスを構えるコンサルティング会社の共同経営者だ。 ブラジルでの君主制復活を支持していたドン・アントニオは、全国を巡り「君主制の集い」に参加してそのテーマについて講演をしていた。ラファエルも幼少期から父親に同行してブラジル全国で行われる君主制の集会に参加しており、現在は「ブラジル君主制青年団」の会長を務め、その副会長は妹ドナ・マリア・ガブリエラだ。 ブラジルは1889年に共和国が宣言されて以来、王政は廃止され、正式な王室は存在しない。しかし、ブラジル帝国初代皇帝ドン・ペドロ1世の後継者は、自らを貴族の称号で呼んでいる。1890年の法令でブラジルのすべての貴族の称号は廃止されたが、1991年に当時のフェルナンド・コロール大統領がその法令を撤回した。