〈斎藤幸平〉「人新世の複合危機」をどう乗り越えるか? “知らないうちに決まっている”社会からの脱却に必要なもの
『人新世の「資本論」』に続き、ベストセラーとなった『コモンの「自治」論』。「自治」という古めかしい言葉が今、再び注目されている。著者で経済思想家の斎藤幸平氏は「民主主義の破壊や環境危機など『人新世の複合危機』に対処するためのキーワード、それが『自治』です」と語るが、いったいどういうことなのか(前後編の前編) 【画像】斎藤幸平氏が考える「人新世の複合危機」の乗り越え方
複合危機の時代になぜ「自治」なのか?
――『人新世の「資本論」』に続き、ベストセラーとなった『コモンの「自治」論』。ただ、「自治」という、使い古されたかのように思える言葉を掲げた本が、話題になっているのは不思議です。なぜ、「自治」の本が好評なのでしょう? 斎藤 「自治」の力を磨く必要に迫られている時代だからでしょう。少しずつ、日本人も気が付き始めたのではないですか、「自治」の力が奪われたせいで、社会が悪くなってきていることに。 「市民が自分で決める」というプロセスが蔑ろにされることが、さらに増えてきました。たとえば、神宮外苑の再開発だって、都民が知らないうちに風致地区の指定が外されたり、樹木伐採が許可されたり。 なぜ、そのようなことが頻発するようになっているかというと、経済成長が難しいなか、資本が利潤獲得のために前だったらやらなかった、無謀なことを仕掛けるようになってきているからです。全国各地で、都市の公共空間や公園を破壊してでも、商業施設や高層ビルを建てて儲けようとする試みが増えています。 ほかにも、公営だった水道事業を民営化も同じ動きです。そうした公共のものに資本が手を出す際、資本は政治も巻き込んでいきます。とくに国政を担う国会議員が頼りにならず、多くの場合、むしろ資本の側についてしまう。そうであれば、そうした資本の暴走にNOをつきつける「自治」の力を私たちが磨いていくしかないのです。
「知らないうちに決まっていた」神宮外苑の再開発
――いま、例にあがった水道や公園など公共のものを斎藤さんは「コモン」と呼んでいますね。「コモン」が資本によって破壊されると、なにが起こるのでしょうか。 斎藤 民主主義の破壊でしょう。お金の力で、独占した空間やモノを何でも好きに使ってよい、という事態が広まれば、民主主義は先細りになるばかりです。 順を追って説明すると、まず「コモン」というのは、人々の共有財産のこと。人々が生きていくうえで欠かせない、社会全体の富のことです。たとえば水、エネルギー、食、あるいは教育、医療、科学ですね。そういった誰もが必要とする「コモン」=共有財は、多くの人が関与して管理されるべきものです。 ところが、資本は「コモン」である富を独占することで、大きな利潤を手中に収めようとする。独占ですから、当然ながら、市民の切実な声も豊かなアイディアも無視され、本来、金儲けの手段にすべきものではないものが、金儲けの道具にされてしまうのです。 神宮外苑の再開発が分かりやすい例ですが、再開発の詳細な計画はずっと秘密にされてきました。サザンオールスターズの曲ではありませんが、「知らないうちに決まっていた」ということが繰り返されるのです。そして公表したあとには、「もう決まったことだから」と市民の声を突っぱねる。これが民主主義の危機です。 そしてもちろん「コモン」の破壊で利益を得るのは、ごく一部の強者です。一部の政治家や超富裕層、そして大企業が自分たちに有利なルールを決め、社会をますます私物化する動きが強まることでしょう。これが続けば、弱者の間で格差と分断が拡がり、弱者の生存が脅かされることになります。
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