商売は人間のクズがやることだった…武士の国に資本主義を根付かせた新札の顔「渋沢栄一」の天才的発想
■渋沢が生涯貫いた商工業の倫理 渋沢は野に下った後、民間人として、新設された第一国立銀行の頭取に招かれた。当時の日本にはまともな銀行すらなかったのである。これを皮切りに渋沢は様々な業種の会社を設立した。東京証券取引所、東京ガス、東京海上火災保険、王子製紙、東急電鉄、京阪電気鉄道、帝国ホテル、東洋紡、明治製糖等々すべて渋沢がその設立にかかわったか、かかわった会社の「子孫」で他にも数えきれないほどある。 特筆すべきは、渋沢がそれらの企業をグループ化して三菱財閥のような財閥を作らなかったことだ。この点、渋沢は三菱の創設者である岩崎弥太郎とは考えを異にしていた。 渋沢がそうしたのは商業道徳、企業倫理を確立するのが生涯の念願だったからだろう。もちろん直接の敵は朱子学である。渋沢はのちに「朱子学の罪」と題する講話の中で、孔子は必ずしも商業を悪とはしなかったのに、その教え(教旨)をゆがめたのは朱子だと厳しく批判している。原文を引けば「この孔子の教旨を世に誤り伝えたものは、宋朝の朱子であった。孔子は貨殖富貴を卑しんだもののように解釈を下し、貨殖の道を志し富貴を得る者をついに不義者にしてしまった」(『渋沢百訓』角川ソフィア文庫より一部抜粋)。 これではソフトバンクの孫正義さんも「ホリエモン」こと堀江貴文氏も全部「極悪人」になってしまう。もちろん現代人はそんなことは夢にも思わないだろう。渋沢の意識改革が完全に成功したからである。 ---------- 井沢 元彦(いざわ・もとひこ) 作家/歴史家 1954年、名古屋市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、TBSに入社。報道局在職中の80年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞。退社後、執筆活動に専念。独自の歴史観からテーマに斬り込む作品で多くのファンをつかむ。著書は『逆説の日本史』シリーズ(小学館)、『英傑の日本史』『動乱の日本史』シリーズ、『天皇の日本史』『絶対に民主化しない中国の歴史』(いずれもKADOKAWA)など多数。 ----------
作家/歴史研究家 井沢 元彦