山の神の早すぎる引退。箱根駅伝は選手を潰すのか!?
早大のエースとして箱根駅伝で3年連続の区間賞を獲得して、学生時代に大阪世界陸上と北京五輪に出場した竹澤健介も昨季限りで引退した。竹澤は大学卒業後もストイックに競技に打ち込んできたが、学生時代の“強行出場”がその後の競技人生を狂わせたようだ。大学2年から同3年の前半は猛スピードでトラックやロードを駆け抜けたものの、左アキレス腱を痛めてから、カラダのバランスが崩れ始めたという。その代償動作の影響で、大学卒業後は様々な部位を故障。4年ほど前からは「左足のグラつき」に悩まされて、最後はジョッグもまともにできない状態だった。 竹澤は箱根に潰されたといれるかもしれないが、本人は箱根のせいにはしていない。 「学生時代は若さと勢いで走ることができたと思うんです。でも、土台が固まっていない状態で積み上げても、絶対に崩れます。僕は早稲田に対する憧れが強かったので、『早稲田の竹澤』といわれるのは素直にうれしかった。箱根駅伝はおもしろさがありましたし、それが将来につながるのが一番いい。やり方によっては箱根を走った選手が世界で活躍することは可能だと思います。僕は目先のレースに飛びついてしまいましたが、 土台をしっかり作り、その上に積み上げていけるように、長いスパンで考えてやっていくべきじゃないでしょうか」 学生時代がピークだった選手がいる一方で、大学卒業後も活躍している選手がいる。柏原と同じように「山の神」と称賛された今井正人(トヨタ自動車九州)と神野大地(コニカミノルタ)、竹澤のライバルだった佐藤悠基(日清食品グループ)らは同じような境遇にいたはずだが、実業団でも進化した姿を見せている。 「箱根駅伝のイメージを払拭するくらいの結果をマラソンで出すことがモチベーションになりました」と今井が言えば、神野も「プレッシャーがないと言えばウソになりますけど、『山の神』として注目されることを力に変えられるようにやってきました」と話している。佐藤からは「自分が具体的にどこまで行きたいのか。ダメな選手は明確な目標がないんじゃないでしょうか」という言葉を聞いた。 注目を集める箱根駅伝は何かとスケープゴートにされるが、最終的には選手たちの“目標意識”の問題なのかもしれない。長距離の有望選手たちは高校時代から魅惑的なオファーを受けて、箱根で活躍すれば簡単に人気者になれる。そのため選手たちは勘違いしてしまうケースが少なくない。長距離以外の選手は日本インカレで優勝しても、記録水準が高くなければ、就職先を見つけるのも難しい。他種目の選手たちは単身で海外レー スに参戦することもあるが、長距離の場合は必ず誰かが帯同する。陸上競技でいえば長距離選手だけが特別扱いを受けているのだ。 早大時代に箱根駅伝で大活躍して、母校の駅伝監督を務めて駅伝3冠を達成した住友電工・渡辺康幸監督も、「箱根だけにならないようにと言われても、あれだけメディアに騒がれたら当人たちは普通じゃいられないですよ。近年は駅伝強化でどの大学も予算を持っていますし、実業団の強豪チームでは周囲がすべてやってくれるので、選手たちは甘やかされてきたと思います。その甘さが日本の長距離マラソン界の低迷につながっている部分もあるんじゃないでしょうか」と危機感を抱いている。 箱根のエースたちが早すぎる引退を決意したなかで、今春は高校ナンバー1の日本人ランナーが実業団に進んだ。高校1年生で初めて5000m13分台に突入して、2年連続で国体少年A5000mを制している遠藤日向(学法石川高卒)だ。箱根ではなく、3年半後の「東京五輪」をトラックで目指すために住友電工に入社した。箱根を経由しない遠藤が成功して、オリンピックで「山の神」以上の喝采を浴びることになれば“箱根偏重”の時代が終わるかもしれない。