「壁」建設から州兵投入案まで トランプ政権の“前例なき”不法移民対策
トランプ政権発足から間もなくして署名された大統領令によって、アメリカ国内の不法移民の取り締まりの強化とメキシコとの国境沿いにおける壁の建設が実際に進められていく見通しとなったが、不法移民に対するトランプ政権の強硬な姿勢には現実的ではないとの指摘も少なくない。17日にはAP通信が不法移民の検挙に州兵が投入される可能性を報じており、トランプ政権の不法移民対策はさらに物議を醸す様相を見せている。
メキシコで始まった米製品の不買運動
トランプ大統領は先月25日、メキシコとの国境約3200キロにわたって壁を建設し、アメリカ国内で移民の取り締まりを警察に執行させることを拒否している都市(アメリカでは聖域を意味するサンクチュアリ・シティと呼ばれている)に対して連邦補助金の打ち切りを命じた2つの大統領令に署名した。トランプ大統領はこれらの大統領令に署名することによってアメリカ国内の治安が大きく改善されると自信をのぞかせたが、壁の建設にいたっては莫大な予算と時間を要することが判明しており、実現可能なのかという疑問が生じている。
ロイター通信は9日、メキシコとの国境沿いにおける壁の建設には少なくとも3年の期間を要し、最大で約216億ドル(約2兆3000億円)かかると試算した国土安全保障省の内部報告書の内容について報じており、壁の完成は早くても2020年末になるのだという。また、216億ドルのコストは、大統領選挙期間中にトランプ大統領が語っていた「最大でも120億ドル程度」というものから倍近く増大している。共和党のポール・ライアン下院議長とミッチ・マコーネル上院院内総務は、トランプ案よりも多い「最大で150億ドル程度」という試算を過去に示していたが、国土安全保障省の内部報告書はそれをはるかに凌ぐ数字を提示していた。壁の建設費用はメキシコからの輸入品に20パーセントの関税をかけて捻出するという案がトランプ政権側から出されたものの、実際にアクションを起こせるのかは不明だ。 壁の建設を命じた大統領令に、多くのメキシコ人が憤慨している。アメリカ南部テキサス州にも近い、メキシコ第三の都市モンテレイ在住のジャーナリスト、オズワルド・オルネラスさんが現在のメキシコ国内の状況について語ってくれた。 「すべてのメキシコ人を犯罪者扱いするような大統領令が実際に署名された事に驚きを隠せません。メキシコ国内ではすでにアメリカ製品の不買運動が始まり、メキシコ国民が今こそ団結すべきだとの声もありますが、現実はそう簡単ではありません。メキシコの現政権に対する国民の不満も高く、壁の建設を議論するよりも、まずは市民の日々の暮らしを改善してほしいという声が多いのです」 メキシコ企業の駐在員としてワシントンで暮らし、現在はメキシコ東部のビヤエルモサに住むディアナ・ガルシアさんは、メキシコ国内の政治不信は相当なレベルにまで達していると語る。 「物理的な壁の建設に加えて、トランプ氏がメキシコ人を殺人犯や強姦犯と呼び続けてきたことに対して、自尊心を傷つけられたと感じるメキシコ人は少なくありません。しかし、現職のペーニャ・ニエト大統領には国内外の問題に対処できるだけの能力がありません。経済政策の失敗によってペソとドルの通貨バランスは大きく変わり、現在はガソリンの価格高騰に国民は悩まされています。NAFTA(北米自由貿易協定)の今後に関しても現政権にアメリカとの交渉能力があるようには思えないですし、次の選挙でメキシコに新政権が誕生するまでは、メキシコ国内外における諸問題は何も解決されないでしょう」 アメリカで暮らす不法移民に占めるメキシコ人の割合は現在も高く、ワシントンを拠点とするシンクタンクのピュー研究所の調査によると、2014年の時点で全体の52パーセントとなっている。しかし、2009年に640万人程度いたとされるメキシコ出身の不法移民の数は、2014年には580万人に減少。また、2009年以降のアメリカではメキシコ以外の国々の出身者が不法移民としてアメリカで暮らす傾向がより大きくなっており、アジアや中央アフリカ、さらにはサハラ砂漠より南の地域に住むアフリカ人もアメリカに不法滞在するケースが増えてきている。壁の建設はトランプ政権側からメキシコに対する「メッセージ」であるが、不法移民の供給ルートがメキシコからだけではないことは周知の事実だ。