差別や貧困などの社会問題に斬り込む!『福田村事件』『市子』ら2023年の話題をさらった社会派映画を振り返る
2024年が始まって、約1か月。第96回アカデミー賞では、視覚効果賞に『ゴジラ-1.0』(公開中)、長編アニメ映画賞に『君たちはどう生きるか』(公開中)、国際長編映画賞に『PERFECT DAYS』(公開中)の3作品がノミネートを果たし、第47回日本アカデミー賞の優秀賞が発表されるなど、2023年公開作を改めて振り返る機会が続いている(第76回カンヌ国際映画祭では『怪物』と『PERFECT DAYS』が戴冠)。 【写真を見る】「逃げ恥」などの明るいイメージを覆した!?『正欲』で人とは違う性的指向を持った役を演じた新垣結衣 2023年の国内興行収入を見てみると、『THE FIRST SLAM DUNK』(22)、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(23)、『名探偵コナン 黒鉄の魚影』(23)、『君たちはどう生きるか』とトップ4がアニメ、実写は『キングダム 運命の炎』(23)がトップ(原稿執筆時点。今後『ゴジラ-1.0』が実写首位に躍りでる可能性は高い)。また、『ゴジラ-1.0』、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(公開中)、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(公開中)ほか太平洋戦争を描いた作品のヒットも記憶に新しい。ゴジラと鬼太郎という強力なIP(知的財産)を活用した作品であるため「戦争系映画がヒットした」と一概にまとめることはできないが、共通項の一つではあるだろう。 ■『市子』『福田村事件』…といった社会問題に斬り込んだ作品が話題を呼んだ2023年 興収のみならず、各映画賞や観客内での盛り上がり等を見てみると、いわゆる社会的なテーマを扱った作品が話題を集めた年だったといえるのではないか。秋から年末にかけて『福田村事件』(公開中)、『月』(公開中)、『正欲』(公開中)、『市子』(公開中)等の作品群が続けざまに公開され、高評価を得たことでそうした“波”や“空気感”が醸造された感もある。 実際の事件がモチーフとなった『福田村事件』と『月』、様々な“欲”を抱えたマイノリティとマジョリティの衝突を描く『正欲』、無戸籍やヤングケアラー、搾取や貧困を題材にした『市子』。これらの作品は様々な映画祭に出品され、『福田村事件』が第28回釜山国際映画祭ニューカレント部門の最優秀作品賞、『正欲』が第36回東京国際映画祭の最優秀監督賞と観客賞に輝いた。また、日本アカデミー賞(優秀賞)、日刊スポーツ映画大賞、報知映画賞、毎日映画コンクール、ブルーリボン賞ほか、国内の映画賞でも結果を残している。 映画には様々な規模感があるため“今年の顔”の定義にも多様なパターンがあるが、いま挙げた社会派の4作品はこうした評価はもちろんのこと、公開初期に観賞したコア層や流行に敏感なアーリーアダプターの口コミ等の“熱”がライト層へと波及し、「パンフレットが完売した」「満席が続出して回数、館数が拡大」「賛否両論が巻き起こった」等々の“現象感”も生んだ。ストレートな娯楽作だけでなく、描写やテーマ等々“攻めた”作品群が人々の記憶に刻まれたという意味では、映画文化の多様性をより広げていくうえで重要な功績を果たしたともいえるだろう。企画の成り立ち、スタッフィングやキャスティング等々、この流れが今後も継承されていくのか注視したいところだ。 ■作品に説得力をもたせた、俳優陣の覚悟の宿った演技 また、出演陣の熱演も現象感を形成した重要なファクターだろう。『福田村事件』は井浦新、田中麗奈、永山瑛太ほか出演陣の覚悟が宿った力演の個々の際立ちはもちろん、そのアンサンブルが出色だった。『正欲』では、パブリックイメージを覆す複雑性を持ったキャラクターに挑んだ新垣結衣が話題を集めた。人に言えない衝動を抑えながら、“普通の人”として振る舞おうとする新垣に対し、稲垣吾郎がマイノリティを拒絶してしまう世の不寛容を体現した人物を好演。両者が相対するクライマックスが見ものだ。 そして『正欲』、『月』の2作でキーキャラクターに扮した磯村勇斗の躍動。これまでもカルト教団の闇に踏み込む『ビリーバーズ』(22)、格差社会の実態を描く『渇水』(23)、震災や信仰、有害な男性性等々をダークでシニカルに描いた『波紋』(23)といった個性的な作品に連続して出演してきた彼は、『月』で障がい者の殺傷事件を企てる青年を怪演。様々な側面から出演が躊躇われる役であろうが、果敢に挑みその狂気を演じ切った。磯村の芝居は観る者に衝撃を与え、本年度の各映画賞で助演男優賞を軒並み制する勢いを見せている。 また、『市子』の杉咲花も観客を打ちのめし、称賛の声が多数寄せられた。『湯を沸かすほどの熱い愛』(16)『楽園』(19)等々、その繊細かつ激情が宿った演技力は誰もが知るところだろうが、本作によって一段階上のステージへと到達した印象だ。杉咲が扮した市子は生まれ落ちた瞬間から壮絶な宿命を背負わされてしまった主人公だが、悲劇的な側面だけにフォーカスしていない。その境遇を呪いながらも、他者を利用しながら生き抜いていこうとする強かさも描き出す本作で、シーンごとに異なる印象を与える多面的な人物を見事に現出させている。年末公開ながら本年度の毎日映画コンクールでは女優主演賞に輝き、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を獲得と、ごぼう抜きを見せているのがその証拠といえるだろう。 社会に横たわる問題に臆せず斬り込み、ある種のリスクをとった噛み応えある力作たちが底力を発揮した2023年。今年もベルリン国際映画祭に出品された三宅唱監督作『夜明けのすべて』(2月9日公開)、濱口竜介監督作『悪は存在しない』(4月26日公開)、吉田恵輔監督×石原さとみ『ミッシング』(5月17日公開)ほか、現代社会を描いた話題作が続々と控えている。 文/SYO