【連載 泣き笑いどすこい劇場】第24回「えらいこっちゃ」その1
猫だましは、相手を見てやらなくてはいけない
なにごとも自分が思い描いたように運べば、この世はハッピー。 こんな楽しいことはありません。 でも、現実はそうそううまくはいきません。 むしろ、突如、計算外のことが起こって「あいたーっ」と天を仰いで ピシャリと額を叩くことのほうが多いと言えます。 人生は皮肉に満ちている、と言った人がいますが、そうかもしれませんね。 土俵の周りにもそうしたことがよく見られます。 そんなエピソードを集めました。 題して“えらいこっちゃ”――。 ※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。 私の“奇跡の一枚” 連載32 「粋」の権化・名横綱栃錦 大横綱が激怒! 猫だましは、立ち合いに相手の目の前でパチンと手を叩いて動揺を誘い、その虚を突いて有利な体勢に持ち込む一種の奇襲ワザだ。NHKの解説でおなじみの舞の海さん(元小結)が得意としたこともあって最近はそれほど珍しいものではなくなったが、思わず笑いたくなるような“珍手”には違いない。 昭和37(1962)年九州場所5日目、ベテランの出羽錦(当時西前頭4枚目)が前の場所、7度目の優勝を飾ったばかりの横綱大鵬を相手に、この猫だましを試みた。しかし、結果は失敗。 目の前で手を叩き、次の瞬間、さっと体を沈めて足取りに行ったが、横綱に昇進して7場所目、最初の6連覇中で心身ともに充実していた大鵬は少しも慌てず、左四つに組み止めるとやすやすと寄り切ったのだ。 絵に描いたような快勝だったが、大鵬は支度部屋に引き揚げてくると、 「あれは新弟子をからかうときにするワザだ。(出羽錦は)ユーモリストだけど、土俵の上は真剣勝負なんだから、横綱をあまりからかわないでくれ」 と、顔を真っ赤にして怒った。翌日の新聞にも、 「横綱に失礼だ」 と、大鵬が怒った記事が大々的に出ている。これに対して出羽錦は、 「別に横綱をおちょくってはいない。まともにいっては勝てないから、奇襲を試みただけだ」 と弁明した。平成24(2012)当時も大鵬さんは、土俵のお目付け役としてさまざまな活動をしておられたが、すでにこの当時から横綱の権威を大事にしていたのだ。 出羽錦は失敗して負けたのに、まさかこんな反発を食うとは思ってもいなかったに違いない。猫だましは、相手を見てやらなくてはいけない。 月刊『相撲』平成24年10月号掲載
相撲編集部