中国人外交官の「暴走」…中国の「パンダ外交」は終わり?「パンダは虎になった」
中国は、「ふしぎな国」である。 いまほど、中国が読みにくい時代はなく、かつ、今後ますます「ふしぎな国」になっていくであろう中国。 【写真】中国で「おっかない時代」の幕が上がった!? そんな中、『ふしぎな中国』の中の新語・流行語・隠語は、中国社会の本質を掴む貴重な「生情報」であり、中国を知る必読書だ。 ※本記事は2022年10月に刊行された近藤大介『ふしぎな中国』から抜粋・編集したものです。
戦狼外交(ジャンランワイジアオ)
私は30年ほど前から、中国外交部(外務省)の外交官たちと付き合い始めた。東京・六本木の中国大使館の領事部には、宋代の大詩人・蘇軾(1037年~1101年)の大らかな詞『水調歌頭』の額が掲げてあった。台湾の歌手テレサ・テン(1953年~1995年)がこの詞に素晴らしいメロディをつけて歌っていて、旅行ビザを取りに行くたびに口ずさんだものだ。 当時の領事部長は、いつも私のパスポートに、上下反対向きにビザを押すので、ある時、聞いてみた。すると彼は、ポカンと口を開けて言った。「あっ、ホントだ」 ビザの押し方など気にしていなかったのだ。そして続けて言った。 「でも、どう押してあったって有効ではないか。そんなこと気にするなんて、あなたは日本人だねえ」 今度は私が、ポカンとなった。 以後、この領事部長と親しくなって、ランチをご一緒した。まもなく定年退職になり、帰国するというので、後輩の外交官を紹介してくれた。 当時の中国の外交官は、彼のように豪放磊落な方が多かった。豪快に食べ、飲み、語り合ったものだ。彼らが怒りの表情を見せるのは、私がうっかり台湾を称える発言をした時だけだった。1972年の日中国交正常化の時に、パンダ「康康(カンカン)」と「蘭蘭(ランラン)」を上野動物園に贈ったことになぞらえて、「われわれはパンダ外交の国だから」と言うのが口癖だった。 当時の中国の外交官たちは、日本に対する「敬意」の念を持っていた。それは日本の側も同様で、日中国交正常化20周年にあたる1992年の内閣府調査では、55・5%の日本人が、「中国に親しみを感じる・どちらかというと親しみを感じる」と答えている。平成の天皇皇后が訪中したのも、この年だった。 ところが、国交正常化40周年の2012年が、転機の年になった気がする。9月に野田佳彦民主党政権が尖閣諸島を国有化し、11月に習近平副主席が共産党総書記に就いた年だ。 胡錦濤政権の「和諧社会・和諧世界」(調和のとれた社会・世界)に代わって、「中華民族の偉大なる復興という中国の夢の実現」(中国の夢)をスローガンに掲げた習近平政権は、ひたすら「強国・強軍」の道を邁進していった。 2004年から2007年まで駐日大使を務め、その時は親日ぶりをアピールしていた王毅氏も、2013年3月に発足した習近平政権で外交部長(外相)に就くや、まるで別人のように強硬な発言を繰り返すようになった。 ある時、中国の外交官が私に言った。 「習近平主席が、『楊潔篪同志(中国外交トップの前外交部長)は、名前の通り虎のように勇ましい外交を行う。中国の外交官たるもの、こうあるべきだ』と述べたという話だ。われわれはもうパンダではない。パンダは虎になったのだ」 第19回中国共産党大会を3ヵ月後に控えた2017年7月、中国全土で「国策映画」とも言える『戦狼2』(邦題は『ウルフ・オブ・ウォー』)が公開された。この映画は空前の大ヒットを飛ばし、興行収入56億8100万元(約1136億円)の中国新記録を打ち立てた。 内容は、一言で言えば「中国版『ランボー』」だ。アフリカのある国で、米CIAと思しき外部組織に煽動された反政府グループが、政府転覆を謀る。窮地に立たされた政府は、フリーの中国人ボディガード・冷鋒(主役兼監督の呉京)に助けを求める。冷鋒は八面六臂の活躍を見せ、反政府グループを殲滅する。実に単純明快な勧善懲悪ストーリーだ。 私も公開されてすぐに、北京の映画館で観たが、広い館内は若者たちで満席だった。冷鋒が「ドドドドッ!」と機関銃を撃って敵を倒すたびに、客席が「ウォーッ!」と盛り上がる。何だか好戦的だった毛沢東時代に戻ったかのようだ。 最後は冷鋒が反政府グループを一掃して、なぜか「五星紅旗」(中国国旗)をアフリカの大地に立てる。そこで観客の熱狂は、最高潮に達した。中国の若者たちは皆、満足げな表情で、ただ私だけが何となく解せない気持ちで、映画館を後にしたのだった。 この映画が大ヒットしてから、「戦狼精神」を始め、強気、強気で行動することを意味する「戦狼〇〇」という言葉が流行語になった。その一つが「戦狼外交」である。 中でも、2020年2月24日に、第31代中国外交部発言人(報道官)としてデビューした趙立堅外交部新聞司(報道局)副司長は、その過激な発言から、「戦狼外交官」「戦狼発言人」と呼ばれるようになった。ちょうど中国で新型コロナウイルスが蔓延していた時期だ。 この「戦狼外交官」の名を一躍有名にしたのが、就任して1ヵ月も経たない3月12日に、自らのツイッターでつぶやいたひと言だった。新型コロナウイルスを「武漢ウイルス」と呼んで中国批判を強めていたドナルド・トランプ米大統領に対する反論だ。 〈武漢における新型ウイルスの流行は、アメリカ軍と何らかの関係があるかもしれない〉 2019年10月、武漢で第7回CISMミリタリーワールドゲームズ(世界軍人運動会)が開かれ、これに参加したアメリカ軍が新型コロナウイルスの発生源だった可能性があるという発言だ。中国の一市民ではなく、中国政府を代表する外交部報道官が発言したことで、国際問題になった。 だが趙報道官は、発言を取り消すどころか、翌日も平然とつぶやいた。〈この記事(アメリカが発生源と指摘した記事)は誰にとっても非常に重要なので、読んでリツイートしてほしい〉。結局、ツイッター社からファクトチェック(事実確認)の「警告ラベル」を貼り付けられてしまった。 私は日々、中国外交部のホームページで会見の内容を見ているが、その後もこの「戦狼外交官」の「暴走」は止まらなかった。例えば、以下は同年6月の会見でのやりとりだ。 外国人記者「6月2日に発表された香港の世論調査によれば、3月よりも13%多い37%が未来を悲観視していて、香港を離れて移民になりたいと答えている。これを中国として、どう考えるか?」 趙報道官「記者が何を言いたいのか分からないが、香港人は(香港が嫌なら)中国に来る自由がある」 外国人記者「(中国在住カナダ人を中国当局が次々に拘束した)『人質外交』について、中国の立場はどうなっているのか?」 趙報道官「そういうことは、ふさわしくない国に聞くものではない。一番いいのはあなたが(ファーウェイの孟晩舟副会長を拘束した)カナダへ行って、『人質外交』って何ですか? と聞くことだ」 翌年、中国の「戦狼外交官」は、日本にも出現するようになった。2021年6月29日に着任した薛剣大阪総領事だ。 〈害虫駆除!! ! 快適性が最高の出来事また一つ〉(10月26日、アムネスティ・インターナショナルの香港撤退報道を受けて) 〈気ちがい(原文ママ)のこの人達がアメリカをダメにしたのだ。!! ! 〉(11月3日、アメリカでアフガン再攻撃の声が起こっていることに対して) 〈ハエがウンコに飛びつこうとする西側子分政治家〉(11月21日、北京冬季五輪の政治的ボイコットの動きに対して) 2022年に入っても、2月24日に侵攻を始めたロシア軍に徹底抗戦を決めたウクライナを皮肉って、こんな発言をしている。 〈弱い人は絶対に強い人に喧嘩を売る様な愚か(な行為)をしては行けないこと! 〉 2021年の年末に大阪出張したついでに、旧知の薛総領事を訪ねて長時間歓談した。その時、「もう少し穏やかになってはどうか」と建議すると、総領事曰く、 「私は戦狼外交官でなくパンダ外交官だ。私のツイッターは、日本国民へのラブコールだ。日本は『不倫国家』(台湾に浮気する国)にならず『正妻』(中国)を大事にしろと言いたい」 大阪に赴任し半年というのに、名物のたこ焼きも口にしていないというのが残念だった。
近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)