海兵隊員の死から1年…尹大統領に向けられた全ての疑惑「真実を明らかに」(2)
(1からの続き) ■報道資料だけ見て「イム師団長に罪はない」? 今年4月の総選挙での敗北後、尹大統領が国民との意思疎通を図るとして5月9日に場を設けた就任2年の記者会見。ある記者が「大統領室の外圧疑惑と、大統領が国防部の捜査結果について叱責したという疑惑がある。立場を明らかにしてほしい」と問うた。「VIP激怒説は事実か」ということを遠回しに尋ねたものだった。しかし、尹大統領は「(遺体収拾作業を)なぜこのように無理に進めて人命事故を起こしたのかと、国防長官に叱責をまじえて伝えたことはある」と答えた。「VIP激怒」を「国防長官叱責」に曲げて答えたのだ。今月1日の国会運営委員会の全体会議で、キム・テヒョ国家安保室第1次長は「(7月31日の会議で、尹大統領が)私たちに怒ったことはない」と述べた。 しかし、激怒説を裏付ける情況はいくつもある。C上等兵殉職事件の外圧疑惑を捜査している高位公職者犯罪捜査処(公捜処)は、「尹大統領激怒説」を前提にキム・ゲファン司令官が海兵隊参謀と会話した通話の録音ファイルを確保した。2023年7月31日の大統領室会議の出席者が「C上等兵殉職事件の報告を受けた尹錫悦大統領はご立腹だった」と与党関係者に伝えた事実も明らかになった(ハンギョレ5月24日付1面)。尹大統領の激怒は「説」ではなく、事実として固まったものとみられる。 水害で行方不明になった民間人の捜索過程で軍の将兵が死亡したのなら、「地位の上下を問わず厳重に責任を問え」というのが大統領の通常の指示であるはずだ。しかし、尹大統領は海兵隊捜査団の捜査結果に激高し、休暇中にもかかわらず捜査の移牒を止めるために方々に電話をかけた情況が捉えられた。2023年7月31日当時、大統領室が海兵隊捜査団のC上等兵殉職事件の調査結果に関して受け取ったのは、当日予定されていた記者説明会の資料だけだった。国防部と大統領室は、海兵隊側に調査結果を渡すよう何度も要求したが、海兵隊捜査団は捜査の保安を徹底的に守った。検事出身である尹大統領が、具体的な調査内容が含まれていない報道資料だけを見て、警察に渡って本格的な捜査が始まりもしないうちに特定人の容疑がないと断定するのは納得しがたい行動だ。パク・チョンフン大佐も、キム・ゲファン司令官から尹大統領の激怒を伝え聞くと、「大統領は誤って報告を受けたようだ。なぜ師団長を処罰しようとしているのか、という質問が正しいはずなのに、『なぜ』が抜けている」と語ったという。C上等兵殉職事件を調査した海兵隊捜査団が、海兵隊師団長をなぜ業務上過失致死の疑いで警察に引き渡そうとするのかの詳しい経緯も把握せず、「無条件にだめだ」といって怒りをあらわにしたことからして理解できないという反応だった。そして、たやすく説明できない疑問がまた加わった。尹大統領は一体なぜ、無理にイム・ソングン師団長をかばおうとしたのか。 ■ドイツモーターズ株価操作の共犯者と、再登場した「VIP」 このような状況の中、ドイツモーターズ株価操作事件のコントロールタワーである「ブラックパールインベスト」のイ・ジョンホ前代表が、「VIP」に言及してイム・ソングン師団長の救済に乗り出した情況が含まれた通話録音が暴露された。イ・ジョンホ前代表と公益情報提供者であるキム・ギュヒョン弁護士の昨年8月9日の通話録音によると、キム弁護士が「あの師団長、大騒ぎだそうです」と話を持ち出すと、イ・ジョンホ前代表は「イム師団長が辞表を出すらしいと、Aから電話が来た。それで私が、絶対に辞表を出すな、私がVIPに話をする(とAに伝えた)」と答えている。イ・ジョンホ前代表とキム弁護士、そして対話の内容に登場する元警護処職員のA氏は、いずれも海兵隊出身者だ。今年3月4日の通話では、キム弁護士が「イム前師団長はC上等兵殉職事件の責任があるようだ」と言うと、イ・ジョンホ前代表は「だから、私がそこに無駄に介入することになってしまった。辞表を出すと言った時に出せと言えばよかった」とも話している。 イ・ジョンホ前代表は昨年2月、ドイツモーターズ株価操作事件の一審裁判で、懲役2年、執行猶予3年を言い渡された人物だ。裁判所は当時、ブラックパールインベストがドイツモーターズ株価操作のコントロールタワーだと判断し、キム・ゴンヒ女史名義の2つの証券口座は「ミン〇〇(当時ブラックパールインベストの取締役)または被告イ・ジョンホが自ら運営し、相場操縦に利用した口座と認められる」としている。検察の捜査過程では、ブラックパールインベストの社員のパソコンから「キム・ゴンヒ.xls」というエクセルファイルも発見された。 イ・ジョンホ前代表とキム・ゴンヒ女史は、当然知り合いだ。キム女史は2021年12月、検察に株価操作事件と関連して提出した書面陳述書で、イ・ジョンホ前代表を知った経緯を説明したという。裁判の過程でイ・ジョンホ前代表は「(キム女史を)ソ会長という方から食事の席で紹介された」と明らかにした。ドイツモーターズ株価操作のコントロールタワーだったイ・ジョンホ前代表は、キム女史が株価操作のことを知っていたのかなどを確認しうる、捜査の「重要証人」だ。株価操作事件の捜査が迫っているキム女史の立場としては、イ・ジョンホ前代表は重要な人物ということだ。 これまで明らかになった状況を総合すると、イ・ジョンホ前代表がキム・ゴンヒ女史との関係を利用して、イム・ソングン師団長の救済に乗り出したという蓋然性が少なからずある。イ・ジョンホ前代表は肉声の通話録音が公開されると、自分の言った「VIP」とはキム・ゲファン司令官を指すものだと述べたが、最近になってキム女史のことだと言を翻した。大統領室は「大統領夫妻は全く関係がない」と反論した。誰が嘘をついているのか、真実を明らかにしなければならない理由がまた生まれた。 ■公捜処が捜査中? 起訴権は検察に 国を守るために軍に入った青年がむなしく命を落とした。国軍の統帥権者である大統領は、二度とこのようなことが起こらないよう徹底した真相究明を指示しなければならなかった。しかし、激怒、事件記録の回収、抗命罪起訴など、これまで明らかになった事実は、尹大統領がC上等兵捜査外圧事件の中心人物であることを示している。今年3月、イ・ジョンソプ前長官を格にも合わないオーストラリア大使として送り出し、国会で可決された特検法に拒否権を行使したことで、尹大統領に対する国民の疑念はさらに膨らんでいる。法曹界の内外からは、捜査機関と裁判所がC上等兵の死の責任を綿密に問うて相応の処罰をし、尹大統領とイ・ジョンソプ前長官が謝罪し、国民の追悼と哀悼が軍レベルでの再発防止の努力につながることで終えられたはずなのに、尹大統領の防御的な態度によって事件がさらに大きくなったという指摘が出ている。 与党「国民の力」は、野党の特検要求に対して、公捜処の捜査が進められている状況では特検の議論はできないとして抵抗している。C上等兵の1周忌の前日である18日、チュ・ギョンホ院内代表らは京畿道果川(クァチョン)の公捜処を訪ね、捜査のまとめを要請した。公捜処が捜査外圧事件の告発状を受け取ったのは昨年8月だ。最近では、公捜処の捜査チームの検事がドイツモーターズ株価操作事件でイ・ジョンホ前代表を弁論したということで回避申請を行い、捜査を総括する次長職務代行もイ前代表を弁論した前歴があるということで、物議を醸した。公捜処がまともに捜査できるのか懸念される。特検で真実を明らかにするしかないという主張が強まっているのもそのためだ。 市民団体「参与連帯」のハン・サンヒ共同代表(建国大学法学専門大学院教授)はハンギョレの電話インタビューで、「尹大統領は法とシステムで問題を解決せず、個人的な主観と固執で国政を運営している。今回の事件はそのような国政運営を最も劇的に示している事例で、尹大統領が自ら膨らませた事件」だとし、「公捜処が捜査するとしても起訴は検察がしなければならないが、検察が実際に起訴するかは断言できない。特検で真相究明をするしか方法はなさそうだ」と語った。 チョン・ファンボン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)