中森明菜初のセルフ・カバー・アルバム「歌姫ダブル・ディケイド」発売の裏 デビュー20周年記念 「紅白歌合戦」にカムバックする狙いも
【歌姫伝説 中森明菜の軌跡と奇跡】 ユニバーサルミュージックと新たな契約を結んだ中森明菜が2002年12月、デビュー20周年を記念して、自身と音楽プロデューサーの武部聡志との共同プロデュースで発売した初のセルフ・カバー・アルバム「Akina Nakamori~歌姫ダブル・ディケイド」。過去のヒット曲を再レコーディングすることについて、明菜は当時、「今やらなければ一生できなくなる」という思いがあったとし、20周年のタイミングに合わせ「心機一転、自分の歩んできた道を振り返った」と語っていた。 【写真2枚】初々しいビキニ姿の中森明菜 等 同作はオリコンの週間アルバムチャート(12月16日付)で初登場8位にランクイン。明菜のベストテン入りは「ZEROalbum~歌姫Ⅱ」が発売2週目で10位にランク入りしたが、初登場8位は1995年7月21日発売のオリジナル・アルバム「la alteración」の7位以来、7年半ぶりだった。 明菜も仕上がりには納得していたようで「歌って、思い出を作ってくれるものじゃないですか。時間もそうだし、呼吸や空気、それに香りも…。その歌に、宝石のように、ある時間までをも、皆さん大事にしまっているんですね。その思い出を、絶対に崩さないというのが大前提。そして宝箱の中で、宝石が増える形にしたかった。減って足すのではなく、新たに増える以外は絶対に考えられなかった」とした上で「皆さんに喜んでもらうのが私の仕事、中森明菜という歌手の」と語っていた。 当時、明菜をライフワークのように取材していた元日刊スポーツ文化社会部長の笹森文彦氏は「私も1989年の事件、復帰会見、その後と取材してきましたが、明菜さんに『あの頃は追い掛け回しまして』と言うと、明菜さんは『いえいえ』と笑顔で応じてくれました。おそらく明菜さんは私を初対面の記者と思ったのでしょう。明菜さんを追い続けた時間は『スキャンダルさえ、時代のエクスタシー』とわれわれも確信していた。そんな中で迎えた20周年に発売された『歌姫ダブル・ディケイド』での明菜さんの表現力は本当に素晴らしく、明菜さんの匂いはまったく消えていなかった。それが、結果としてアルバムセールにも結びついたと思っています」と話す。 一方で「歌姫ダブル・ディケイド」発売の裏には「NHK紅白歌合戦」にカムバックする狙いもあった。