「リドリー・スコット」──連載:北村道子のジェントルマンを探して
数々の映画衣裳をはじめ、さまざまなメディアで衣裳デザインとスタイリングを手がけてきた北村道子による「現代のジェントルマン像」を探る連載。第6回は、映画監督のリドリー・スコットについて語る。 写真の記事を読む
現在86歳で、いまだに現役の映画監督リドリー・スコット。私が彼の存在を知ったのは、40歳の監督デビュー作『デュエリスト/決闘者』(77)でした。ハーヴェイ・カイテルとキース・キャラダインという、それまで主役を張っている印象があまりなかった2人がナポレオン軍に属する男を演じていて、延々と決闘を繰り返すわけですよ。才能がある人は、闘いだけで映画になるんだ! と思いましたね。しかも、衣裳がすごくおしゃれだなと。そこから興味を持って調べてみたら、画家を目指してイギリスの美術大学に行き、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで映画を学んだ後、BBCでセット・デザイナーになるんですよね。その後、ドキュメンタリーのディレクターになったけれど、テレビ業界に嫌気がさして、映画監督の弟トニー・スコットらとCF制作会社を立ち上げて大成功します。その後、トニーと創立するのが、映画制作会社スコット・フリー・プロダクションズです。彼の監督作品は、必ず「SCOTT FREE」というロゴが出てくるアニメーションから始まるじゃないですか。そういう彼の監督としてのセンスと美意識は、唯一無二だと思う。彼自身は脚本を書かないけれど、いい原作や脚本家を見つけて、2時間半楽しめる映像作品にするというユニークな能力があるんですよね。キャスト、音楽、舞台美術など、映画に関わるスタッフも、それぞれの分野で独自のスタイルを確立している人たちを誰よりも早く起用するんです。『エイリアン』(79)のクリーチャーのデザインを、芸術家のH・R・ギーガーに頼んだり、『ブレードランナー』(82)でインダストリアル・デザイナーのシド・ミードを起用したりね。衣裳にも、独自の美学がある。マルタン・マルジェラをはじめとするデザイナーも、『ブレードランナー』の女性レプリカントからインスピレーションを得ています。 最新監督作『ナポレオン』(23)も、既存の英雄像とは描かれ方が全く違う。ナポレオンという男のダメさ、フェイク感がきちんと描かれています。結局、戦争がしたいだけの最低男なんだけど、軍服がとにかく美しいから、なぜかよく見えてしまう(笑)。『グラディエーター』(00)でホアキン・フェニックスがわがままな皇太子コモドゥス役で出ていたときに、リドリー・スコットは「ナポレオンがいる!」と思ったんですって。ホアキンの複雑な人間性こそが、ナポレオンそのものなんだとインタビューで言ってましたね。 男の闘いものばかりに見えて、女を強いものとしても描写するリドリー監督作には、女性ファンも多いんです。 例えば、『テルマ&ルイーズ』(91)は、従来の男性と女性の立場が逆転し、お姉ちゃん2人がダメな男を殺して逃げまくります。男同士だったら、あの結末にはならないんじゃないかな。男にはああいう大胆な行動はできないから、強い女に惹かれるんですよね。そうやって、登場人物の行動原理を身体的に捉えている監督だと私は思います。 現在『グラディエーター2』を制作中のリドリー監督。人よりデビューが遅いからか、死ぬまで撮り続けそうですし、多作な中には意外とジャーナリスティックな視点があるものも。たまに良い作品があるので、結果ダメなものを全て帳消しにする才能もありますね。 リドリー・スコット 映画監督 1937年生まれ、英国出身。77年に『デュエリスト/決闘者』で監督デビュー。『グラディエーター』(00)で第73回アカデミー賞作品賞を受賞。最新作『ナポレオン』は、第96回アカデミー賞の視覚効果賞、美術賞、衣裳デザイン賞の3部門にノミネートされている。 北村道子 1949年、石川県生まれ。30歳頃から、映画、広告、雑誌などで衣裳を務める。『それから』(85)以降、数々の映画作品に携わる。近書に、人気シリーズ『衣裳術』第3弾(リトルモア)がある。 WORDS BY TOMOKO OGAWA Getty Images / Stanley Bielecki Movie Collection, Thelam & Louise @ 1991 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Right Reserved, Courtesy of Sony Pictures / Apple Original Films, Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.