松本幸四郎×市川染五郎、親子対談 『鬼平犯科帳』を通して伝えたい時代劇の魅力
改めて感じた『鬼平犯科帳』のすごさ
ーー今回、同じ作品に出演してみて、お互いのことはどう映りましたか? 幸四郎:「ここまで殺陣ができるのか」という驚きはありましたね。あと、撮影所は職人の集まりですから、撮影所の空気をたくさん吸ってもらいたかったし、そこでいろんなものを吸収してほしいな、という思いはありました。 染五郎:撮影所で平蔵の格好をした父を見ると、銕三郎として、自分の未来を見ているような、すごく不思議な感覚を覚えました。撮影所に入る前、殺陣の稽古をやらせていただきました。そのとき、父の殺陣の稽古も見学しましたが、自分が幼いころ、父が「劇団☆新感線」の舞台で殺陣をやっている姿を見ていて「カッコいいな」と思っていたので、スピード感のある父の殺陣を間近で見られたのはすごく嬉しかったし、「これを目指したい」と思いました。 ーー豪華キャストも話題です。共演者の方とのエピソードを教えてください。 幸四郎:最初の撮影が火野(正平)さんとのシーンで「いきなり火野さんからか」とも思ったんですけど(笑)、もう「彦十なんじゃないか」という佇まいでいらっしゃったので、安心して飛び込んでいける環境でした。妻・久栄役の仙道敦子さんに関しては、昔ファンクラブに入っていたので(笑)……だからって「仙道さんにお願いしたい」と言ったわけではないですよ? ーー(笑)。 幸四郎:もちろんキャスティングされたのは制作の方ですが、約35年前の話を「やっと言える時がきた」と思って伝えたものの、逆に距離を置かれた感じがありました(笑)。 ーーそんなことはないはずです(笑)。 幸四郎:本作でも家の中にいるシーンは、平蔵が一番ニュートラルにいられる場所なのですが、(妻・久栄役の)仙道さんがいると、時間のテンポがゆったりと流れていました。その他のキャストの皆さんも、素敵な方ばかりでしたね。 染五郎:火野さんだったり、松平健さんだったり、そうそうたる方とご一緒させていただいて、勉強になりましたし、貴重な経験でした。本作では、若い世代の方とも共演させていただいていて、先輩方とはまた違った刺激をいただきました。共演できて嬉しかったです。 ーーまだシリーズは続きますが「本所・桜屋敷」の撮影を終えて、幸四郎さんの中で、平蔵は、どういった存在になっているのでしょうか? 幸四郎:改めて『鬼平犯科帳』という作品のすごさを感じました。池波先生がこの世界を誕生させたことが根幹にあり、時代が変わっても常に読み続けられていて、また新たにこの作品を愛する人が増えている。(映像でも)初代鬼平を演じた祖父から始まり、丹波哲郎さん、萬屋錦之介さん、そして叔父がやってきたからこそ、“今の鬼平”が生まれたのだと実感しています。実際、叔父と同じ撮影所で撮影させていただきましたが、何十年と『鬼平』に関わってきたスタッフの方がいらっしゃったり、叔父が使っていた衣装や小道具も綺麗に保存されていて、それを実際に使わせてもらったり……。もちろん、新たな『鬼平犯科帳』を誕生させることが使命なんですが、そういった歴史があるからこそ、自分にもチャンスが巡ってきたんだなと感じています。改めてすごい作品だと思いますし、プレッシャーというよりは、幸せですね。 ーー以前、染五郎さんは、会見で若い世代に観てもらいたいか、と質問された際に「よく父も言っていますが、時代劇はある種のファンタジーとしても楽しめるもの。固く考えずに観ていただきたい」と話しておられました。具体的な思いを聞かせていただけますか? 染五郎:「時代劇はファンタジーとして楽しめる」というのは、自分も共感ができます。もちろん寸分たがわず同じ景色、同じファッションではないかもしれませんが、実際に日本では、江戸という時代があって、この作品に近い情景があった。だからこそ、ファンタジーとして楽しむことができるし、時代を経て、今の自分たちがいる「原点」をリアルに見ることもできるな、とも思います。歌舞伎にもつながることですが、今の時代に生きる若い方たちが、『鬼平』を観たらどう感じるのか、それを早く知りたいですし、すごく興味があります。 ーー幸四郎さんは、現代劇にも多く出演されています。時代劇についてはどんなところに面白さを感じ、どんな思いがあるのでしょうか? 幸四郎:江戸時代生まれの方はもうこの世におりませんが、逆に言えば、説得力さえあれば「江戸を作れる時代」になったなと思うんです。 そういう意味では新しい江戸を作りたいし、それができるのは時代劇だけ。『鬼平犯科帳』という大傑作を通して、時代劇の魅力を一人でも多くの方に感じていただきたいなと思っています。 ーー完成作をご覧になったそうですが、どんなところに魅力を感じましたか? 幸四郎:感動しました。すごい時代劇です。それはもう(スタッフやキャストに)そういう作品にしていただいた、自分がその作品に出演することができた、という喜びもあります。作中、平蔵が彦十の頭を触るシーンがあるのですが、それはある意味、冒険だったんです。監督にすら言わずにやったことで、シーンが終わったあと、火野さんに謝ったら「いや、大丈夫。これが売りだから」と言ってくれて嬉しかったな、とか……。「出演することができて幸せだな」と思いながら観ていました。 染五郎:いち観客として面白かったです。舞台でも映像でもそうなのですが、個人的に照明を見るのがすごく好きで、この作品は、スクリーンの中と同じ空間にいるかのような気持ちになれる照明で、好きなところのひとつです。 ーー2024年は『鬼平』で新年を迎えますね。どんな年にしたいですか? 幸四郎:『鬼平犯科帳』で幕が開けるのはありがたいですし、賑やかで、めでたいお正月を迎えることができるのだろうなと思います。(本作を通して)お芝居で感動するというよりも、ちょっとした刺激を与えることができればいいなと思いますし、自分自身もそういう年にしたいなと思っています。 染五郎:視聴者の皆さんに『鬼平犯科帳』を届けるのが楽しみです。1月からは歌舞伎の舞台も始まりますし、止まることなく、今やっていることを全力でやり続けたいと思います。 (取材・文=浜瀬将樹)