「まるで溶かした飴のよう」つややかな七宝、配色の妙…〈正倉院展宝物考察〉
黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう) (長径18.5センチ、縁厚1.4センチ)
今年10月半ば、初めてこの鏡を目にすることができた。正倉院宝物の梱包(こんぽう)に先立って必ず点検作業が行われる。その時の第一印象は、たっぷりとした厚みの七宝釉(ゆう)が、まるで溶かした飴(あめ)のように見えたことだ。宝物には大変失礼ながら、「おいしそう」なツヤで、とても1300年前のものとは思えないほどだった。世界のどこを見渡しても、これほど豊かな、そして状態の良い古代の七宝作品は見つからないだろう。
次に印象的だったのは、黄、緑、深緑の3色の配色の妙。本品の七宝釉の正体は鉛ガラスだ。その色味は、鉄分を加えて黄色系に発色させるか、銅分で緑色系にするかの二択で、当時はまだ赤や青に発色させるのは難しかった。この限られた選択肢から、目にも鮮やかな色彩の宝相華(ほうそうげ)を作り出したセンスは素晴らしい。
縁取り線に金メッキを施してアクセントにすることも忘れていない。これを作った工人の「冴(さ)え」から想像するに、本品とは色違いの七宝鏡も一緒に作っていたことだろう。
さらに観察を続けると、花びらを1枚ずつ別材で作り、それを狂いなく組み立てている精巧さにも感服させられた。宝相華の複雑な文様を七宝で飾るには、全体を一度に焼き付けるより、部材ごとに作った方が失敗は少ない。とはいえ、30以上の部材を一つに組み上げるには、入念なパーツ設計と優れた金属加工技術が必要である。これらを見事にやり遂げているところに、強い精神力が感じられる。
点検時間はわずか数分間。その間に、美と技術の大合唱が怒濤(どとう)のように押し寄せてきた。そのインパクトは、本品が鏡という実用品であり、金銀を惜しまぬ高貴な品だという基本説明を忘れさせるほど強いものだった。 (奈良国立博物館学芸部長 吉澤悟)