強制収容所の「隣の生活」と死体処理部隊の絵画から考える「視線の向こう側」
ドイツでの評価
つい先日(2024年3月半ば)、『関心領域 The Zone of Interest』を鑑賞した。わたしが居住するドイツでは2月末から上映されており、欧州のメディアでの作品紹介やアカデミー賞式典でのジョナサン・グレイザー監督の発言をめぐる応酬などもあって、絶対に劇場で観なければならないと考えていた。 【写真】死体処理をおこなった部隊の写真も… 「ドイツでは賛否両論」のように言われることもあるが、本作は総じてドイツでも高く評価されているように思う。ただ、ナチスの歴史に触れる作品だからといって、他のアカデミー賞作品以上に高い関心が寄せられているかと問われれば、そうではないという印象だ。実際に映画館でも、平日の夕方上映の回だったからということもあろうが、200席近くある劇場に、15人程度の観客がまばらに座るのみだった。 日本でも5月下旬から公開されることが決まっており、本稿ではなるべく鑑賞体験を損なうほどのプロットへの言及は控えたいが、いくつかの点で内容にも触れているので、注意して読んでもらえればと思う。ちなみに、筆者は、映画の原案となっているマーティン・エイミスの同名の小説は未読である。 あらすじをひとことでまとめれば、「ユダヤ人絶滅のための強制収容所に隣接する区域に住居を構えていた、アウシュヴィッツの強制収容所所長のルドルフ・ヘスとその家族の生活」についての映画である。 The Zone of Interest――ここで「関心領域」と訳される言葉は、ドイツ語の「Interessengebiet」にあたり、アウシュヴィッツ近郊(現在のポーランドのオシフェンチム(Oświęcim))に広がるユダヤ人収容施設に勤務するナチス関係者のために確保された地域を指す用語である。森や農業地を含む、およそ40平方キロメートルに広がる空間である。 また、この「Interessengebiet」には、端的に「関心を寄せることのできる範囲」という字義通りの意味だけでなく、「自分がそこから利益を享受できる領土」を示すニュアンスもあるようだ。実際にこの「Interessengebiet」を作るために、土地に暮らしていた人々が排除され、追われた人々の財産が収奪された。そして、その「領域」と収容施設を隔てる壁が建設された。興味のないことを無視したまま、自分に役立つものだけを搾取するために。 映画のタイトルロールがゆっくりと霞んでいくと、不穏な機械音とともにスクリーンが真っ黒になる。まるで、ゾーンのなかの「向こう側」に引き込まれていくような感覚に襲われる。